とても必要としているのに触れられない。
この淡くも白い想いの名前を教えて。

この想いの名前を







珍しく私は疲労の為か熱を出していた。自分では風邪っぽいなあなんて自覚していたつもりだった。
まあ、少なくとも宿にありつけるまでは平気だろうとも考えた。
ところがみるみるうちに体力は限界に近づいて目の前がぼんやりとして映る。
早くどこかで休みたいなあ、と考えつつ皆の後へついていく。
いつの間にか辺りは夕暮れに包まれ、赤く染まっている。
歩き通しだった皆にも疲れの色が見えたので、自然と今日の宿探しの話題になる。
私の前方でルークとナタリアとガイの三人が何やら相談している。
会話は良く聞こえない。その上考える気力もない。
その三人の近くでティアと大佐も「今日はどこに泊まりますかねぇ?」と話し合っている。
相談も耳に入らず、一人遠巻きにぼーっとしている私を見たティアは
「アニス、疲れているんじゃない?」と聞いてきた。
この状況を気づかれるまいと慌てた私は必死に元気を装おうとする。

「……全然っ!平気だよぅー。ティアこそ、つかれて―――」

後に続くはずの言葉が続けられなかった。目に映る世界がぼやけて傾く。
倒れてるんだなーと他人事の様にその映像を見ていた。
地面につく前に誰かが切羽詰った声で私の名前を呼んだ気がする。
懸命に私はその声の主を求めようとした。けれど、そこで意識は途切れてしまった。






「う……」

目が覚めるとそこには白い天井と心配そうに私を覗き込んでいるティアの顔。
ぼやけていた視界が一気に鮮明になる。

「うん、ここは……?」

覚醒しきらない頭で私は周りを見渡す。体がひどくだるい。

「今晩の宿よ。大丈夫?まだ寝ていた方が良いわ。」

熱もまだ引いてないみたいだし、と付け加えティアは私を布団へと優しく押し戻す。
ティアの言葉を聞いて、ああ、そっか私風邪で倒れたんだっけと思い出す。

「ごめん、ティア。迷惑掛けて。私、重かったでしょ?」
「ううん、大佐がアニスを運んでくれたのよ。お礼は私よりも大佐に言ってあげた方が良いんじゃないかしら。」
「大佐が?ガイとかじゃなくって?」
「今のガイじゃ無理でしょう。ルークはちょっと離れたところに居たし。」
「げげっ、あの大佐に借りを作るなんて。アニスちゃん一生の不覚。」
「滅多な事を言うもんじゃないわ。大佐も心配していらっしゃったんだから。」

疑って掛かる私に対し、少し怒り気味にティアが言う。

「はい?!い、今、ティアなんて……」

聞きなれない単語に私はしどろもどろで驚いた。
私がどんな危険な目に合おうとも「アニスなら平気ですよ」って胡散臭い笑いで答える大佐だ。
全くと言っていいほどこの私を『心配』しない。
むしろ私の事を一般の女の子として見ているかも怪しいくらいだ。

「ほんとのほんとに?」
「仲間なんだから、当たり前でしょう。」
「うーそうだけどさあ。あの大佐が私を心配するなんて想像つかないよぉー。」
「もう。それは良いから寝なきゃ駄目よ、アニス。」

「おや、起きましたか?元気がとりえのアニスちゃん。」

「うわっ。」

ティアに返事をするのも忘れ、私はどこからともなく現れた大佐を見て反射的に布団の中へと潜り込んだ。
今はどんな嫌味を聞かせられるのか想像しただけでうんざりする。
普段なら返す自信もあるが、この借りが出来た状態では分が悪過ぎる。

「大佐!薬の方は買えました?」
「ええ、この通り。どうにか閉店する前には間に合いました。」
「有難う御座います。すいません、ちょっと水を持ってきます。大人しくしててね、アニス。」
「はぁーい。」

水と取りに行こうとするティアに布団の中から気のない返事を返す。
そうしてティアが去っていけば、部屋の中は私と大佐の二人しか居なくなった。
今は絶対この人と会話をしまいと、私は黙り込む。
しかし、大佐は指してこの状況を気にせず近くにあった椅子へと腰を下ろした様だ。
ギシと椅子が軋む音がする。
大佐が早くにどこかへ去ってくれる事を私は願いつつ寝ようとした。

「私の事心配でした?」

ふとさっきのことを思い出して、大佐の方を見ずにごく自然に聞いてみた。
だが声は返ってこない。
不思議に思って大佐の方へ寝返ると、大佐は額に手を当ててうーんと唸っている。


「馬鹿は風邪を引かないって聞いたんですがねぇー。やはり迷信でしたか?」
「は。」

嫌な予感はしていた。絶対なにかを言われるという。

「ほら、頭が良いと体の方は弱い……とは言いませんか?」
「わっ、私は馬鹿じゃないですもん!ううー、大佐ってばひどぉーい。」
「いやあ、すいません。賢く生きてますもんね、アニスは。」

布団から少し出て頬を膨らませ大佐に抗議する。



前言撤回。
この人、私の心配なんてひとかけらもしてない。
大佐のどこをどう見たら心配している態度と取れるものなのかティアに聞き返したいくらいだ。

そのティアが戻って来たのかドアが開かれ、部屋へ入ってくる。

「はい、お水。」
「ありがと、ティア。」

ティアから水を受け取ると大佐が薬の袋を私に渡す。

「はぁーい、お薬の時間ですよ〜★」
「うわ、大佐。いきなり何ですか。気持ち悪い。」
「私なりの病人に対する労りです。」

眼鏡を指で直しながら真顔で言われる。怪しい事この上ない。

「はいはい、どうも。」

大佐の言動は無かったことにして、私は水と共に薬を飲み込む。

「大佐、後頼んでも宜しいですか?もう夕飯時になりそうなので。」
「もちろん大丈夫ですよ。私も丁度休みたいところでしたし。」
「ええっー!ティアが看病してくれるんじゃないの?」
「今日の料理当番は私だもの。大佐、アニスをお願いしますね。」
「了解です。」
「あ、ティア……ちょっ」

バタンとドアは無情にも閉じられた。

「あぁ〜……。」
「残念でしたねぇ、アニースvv」
「誰の所為だと思ってるんですか。」
「まあまあ、熱は下がりましたか?」

睨み付けた私の内心も露知らず、大佐はおもむろにかたほうの手袋を取った。
少しだけ骨ばった大きな手が露になり、私の額に触れようと私の目の前と移動する。
熱を確かめる、ただそれだけの行為。
なのに私はひどくそれに、どきりとした。
こんなことで動揺するなんて私らしくも無い。ただ熱を確かめられるだけだ。
私のおでこに当てられたその手はは随分と冷たくもあり、案外気持ち良かった。
同時に当てられた額の部分が余計に熱が上がる様な錯覚を覚える。

「まだある様ですね。もう少し寝てなさい。」

手が離れる。もう少しそうしていたかった様ないたくない様な気持ちが湧き上がる。
その行為は私を心配してると見せつけられた様でとても焦った。
それはまるで夢の様な出来事に思えた。

「あ、えっと……すいません。それとぉ、ありがとうございます。」

この言葉を大佐に言う日が来るとは思わなかったけど、熱の所為にしておこう。
さも興味無さげに大佐がこちらを見る。

「何の事ですか?あのアニスが感謝の言葉を述べるとは……今日は雪が降りそうですね。」
「素直で偉いでしょ♪」
「いえ、いつものアニスより素直過ぎて怖いくらいですよ。」
「えっへへーvv」

私がだらけた笑顔で返すと、ほんとに大丈夫ですか?と大佐は聞き返す。
熱がある所為かもしれないですね。と私は言った。

「では、今は寝るのが一番です。しばらく私はここに居ますが構いませんね?」
「良いですけど、変なことしないで下さいよっ。」
「おっやあー、アニスは私が何時どこで変なことしたというんです?」
「なんとなく、女の勘です。」
「ご心配しなくとも何もしませんよ。病人に手を出すほど落ちぶれてはいませんから。」

どうだかなあと私は思いつつ布団へと戻る。

「私も貴方を看病しながら仮眠を取らせてもらいますよ。全く年寄りにはきつい子守です。」

ハアと深いため息が聞こえた。
私は答えなかったので、結果大佐の独り言に過ぎなかった。






しばらく経った頃、私は暗闇に包まれた部屋の中で目が覚めた。
自分でも気づかない内に眠りに落ちてしまっていたらしい。
部屋の中は薄暗く譜灯の明かりだけがあたりを照らしている。
寝返ると近くにはご丁寧にも大佐がまだいた。看病はしていてくれたらしい。
額に置かれた湿ったタオルが何よりの証拠だ。
起きているのなら何か動きそうなのだが全く大佐は動かない。
こちらの気配には気づいてないのか下を向いている。暗くて表情は良く見えない。

(寝てる……?)

 


良く良く眺めれば、大佐は目を閉じ座ったまま寝ている。
何も眼鏡まで付けたまま寝なくても良いのにと思った私は、もそりと布団から上半身を起こす。
大佐の眼鏡を取ってやろうと手を掛けた。が、手はそのまま動かない。
この場合、動けなかったという方が正しいかもしれないけど。

綺麗な顔してるんだよね、意外とこの人。
端正な顔立ちは育ちが良いのか形の良い眉と鼻、口が配置されている。
黙ってれば良い男なのに、性格で全部うち消してるよね。と性も無いこともまで考えた。
この旅が始まってから、大佐は傍に居るのが当たり前な気がする。
イオン様も大抵は一緒だったけど。
傍に居てしゃべったりからかったり、お互いのやり取りを楽しむ日常が続いた。
当たり前で心地が良過ぎて失うのが怖いくらいに。
いつからそんな関係になったのだろう。

そして私はこの人、ジェイド・カーティス大佐にだけは触れられなかった。

最初は自分と同じ匂いを感じ取っていけ好かない人だと思っていたから、触れないのは当然だった。
ふざけて勢いで抱きついた事はある。しかし、それは私が触れると思う行為とは何か違う。
向こうも今みたいに優しく私の頭を撫でる行為はしなかったし。
嫌味たっぷりに子供扱いされるのは珍しくはなかった。
今にしてみれば言葉だけが私達のたった唯一の繋がりで。

今度はお互いに必要とする様になってから、距離が縮まった気がした。
ほんとは触れたかった。
これくらい些細な願い事に過ぎないと想う。
意外と大きな手。広い背中と肩。綺麗な髪と目。
けど、何時まで経っても私はこの人には触れられなかった。
自分に問いかけても何でか知らん振りする私の心。
簡単じゃない。ちょっと触れるだけだもの。
自分の年頃にしては世の中の甘いも酸いも知ってたし、誰かに触れるのなんて簡単だと思っていた。
仲間の皆に抱きついてじゃれ合うのは日常茶飯事だ。
この人も今や仲間の一人だ。



仲間?

そこまで考えて思考が止まり、そうと呼べるのかどうか疑問が生まれる。
大佐は私の事仲間って思ってるのかな?
大佐のことは慕ってはいる。頼りにもしてもいる。
けれど、愛情だとも形容し難い感情が私の中で渦巻いた。少しばかり憎らしくも愛しい気持ち。

寂しいだけならきっと傍に居るのは他の誰でも良くって。
恋だとか愛とも言い表せないもどかしい何か。
本当は心の深いところから必要としているのかも、しれない。
何の為にとか、どうして必要とか考えられないくらい、もう私は混乱しているのかも。
私は手を離し、その広い肩に顔寄せて体を預ける。


「ねぇ、大佐。」


今すぐ答えて。
私の事どう思ってるの?










ありがちな風邪ネタで。
大佐が実は気づいて起きていたのにそのまま寝てるフリをしていたに一票(笑)
どうやらあれこれ考える乙女なアニスが書きたかったのです。
(2006/2/16)

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