今更何だってんだ。


本当に今更、馬鹿馬鹿しいだろ。
けど、遠のく意識の中俺はそれしか思い出せなかった。
不甲斐ない俺をお前らは見たら、笑ってくれるか?


頼むぜ、本当。
くだらねぇ思い出なら色々あったはずなんだ。




『凍る時間』





「桐条、相変わらずみてぇだな。お前も。」
「お前こそ元気そうで何よりだ、荒垣。久しぶりだな。」


何かを振り切れたのか、あの頃よりはマシになった明るい表情で桐条が挨拶を返してくる。
久しぶりに会ったアイツはどこか変わった気がした。まあ、多分気のせいってやつだろうが。


「ああ。またちっと世話になるぜ。」
「こちらこそ。お前と明彦と私の三人で活動していたあの頃が懐かしいな。これでもお前を頼りにしてたんだ。」


そうだったか?と全く心当たりがない俺は、桐条から発せられた台詞に内心戸惑う。
戸惑いを顔に出すまいと深く帽子を被りなおしたが、いかにも不自然だったらしく桐条がそれを見て微笑んだ。
くそ。あの頃は幸せだったなんていかにも辛気くせぇ考えは御免だ、俺は。


「そりゃ、有難てぇこった。けど、もう昔の話だろうが。」
「あ……そうだったな。私にしてはつまらない感傷だったかな。」


桐条は少し顔曇らせたかと思うと、済まなそうに俺に言った。
コイツにそんな顔をさせる理由は無いが、昔を振り返って欲しくはなかった。
何よりコイツらにまで自分の業を背負わせる気は更々無いから、余計にそう思った。
まだあの日を忘れずに生きてるのは俺だけで十分事足りるからだ。
お前は前見て笑っていれば良いんだよ、と口には出さないが俺は心の中で一人ごちておく。


「それよりも……ちったあアキのことを信頼してやってるのか。」
「ん?ああ、当たり前じゃないか。」
「あの野郎、お前に頼られたくて躍起になってやがった時期があってよ。俺が抜けた穴を埋めたかったのも理由みてぇだが。」
「明彦が?そんなの初耳だぞ。」


昔からの疑問をぶつけてみると、桐条はさも当たり前の様に答える。
ところが、アキがそういう風にしていたのまでは知らなかったらしく、桐条は驚いた顔して唖然としている。
俺は呆れた。
コイツとアキの自覚の無さは前々からだが、一体お前ら何年一緒にいると思っているんだ。
変わらない何かにうんざりしつつも、桐条に返す言葉を俺はひねり出す。


「はっ、どいつもこいつも自覚がねぇのかよ。笑っちまうぜ。」
「荒垣、お前。一体何を知ってるんだ?」


「アキ自身を受け入れてやれ。俺はそれだけしか言えねぇな。」
「受け入れるも何も――明彦は明彦だろう。付き合いも長いし、理解しているつもりさ。」
「なら俺も構わねぇよ。実際、テメェにはアキが必要不可欠みてぇだしな。」
「なっ、急に何を言うんだ。」


ほら、コイツも必要だと自分で分かっちゃいない。
正直、ここまで言うのは野暮だという考えが一瞬自分の頭を掠めたが、見ないフリをしておく。
手が掛かるこいつらには幾月さんも呆れるくらいだったしな。


「認めてやらねぇとお前自身が後悔するって話だよ。……覚えとけ、桐条。」


半分は自分に言い聞かせているみたいなもんだった。
同時に、これじゃ何かの捨て台詞だと自分で苦笑したくもなった。


「……お前は相変わらず強いな、荒垣。」
「テメェが脆いだけだ。」


ずっと前から知ってるからな。
普段は男の俺ら並みに気張るくせに、ふと女らしくひどく脆い部分がある事を。
だから、今でも俺はコイツが心配な訳なんだろうが。


「だが、これだけは言わせてくれないか。」
「あぁ?」


「……有難う、十分胸に留めておくとするよ。」


珍しく澄んだ顔で俺に桐条がそう告げた。俺は思わず目を逸らしたくなった。
何だか月日を感じる。こんな顔するやつだったか、コイツは。
妙に照れくさい気分になる。


「ちっ、ほんとお前ら二人は揃って昔から面倒を掛けやがる。いい加減成長しろってんだ。」

「ああ、済まないな。本当に。」



本当にな、ちっとは信頼し合えよ。
そこまで駄目なやつらなのか、お前ら。違げぇだろ。あの頃俺と一緒に戦った奴らなんだからよ、平気だろ?
俺だって頭の中じゃわかってたんだ。


けど、三人で居れるのはこれが最後だった。


こいつらといる事が叶わなくなるかもしれないからこそ。
幸せになってもらわねぇとまずいと、俺自身は思ったのかもしれない。
戻ってきたのを喜んでくれたお前らには悪りぃけどな。


もうここまで来たら、また会えたら良いなという戯言も似た陳腐な台詞なんて言えやしねぇけど。

俺を忘れてくれるなよ、桐条、アキ。




じゃあ

ちょっくら先に行かせてもらうぜ。










何だかとても荒垣→美鶴。
けれども、書いてみてから我に返るとこの荒垣さん乙女過ぎ!と恥ずかしくなりました。

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