さよならと言わせて
夕方、学校帰りの順平がお見舞いにきた。真っ赤なリンゴとへらへらとした笑顔を引っさげて。
話すことなんか一つもないから、私は来る度に突っ返すけど、順平はそんなの気にしなかった。私が相槌を打たなくてもお構いなしに話してくる。ほんと変わってると思う。どこの世界に敵である人のお見舞いくる人がいるものなのかしら。
「アイツら二人揃って、海に飛び込みやがった。」
でも、今日は話すことが尽きたわけでもないのに、能天気な彼にしては真剣な面持ちで二人のことを伝えてきた。私に気を遣っているのか順平は早口で言う。最後のシャドウを倒す前に、ムーンライトブリッジで会って戦った末、負けた二人が海に身を投げた事。順平が敵である私に伝える必要なんてないのに。
「この先、短いだろうが命を粗末にする理由になんねーよ。俺らとタメはっておいて……それはねえよな。ホント馬鹿だよ、アイツら。」
「そう。」
目を合わさずに静かに順平が剥いてくれたリンゴを齧る。慣れない手つきで剥かれたリンゴはいびつだったが、とても瑞々しく、一口齧ればしゃりと音を立てた。
順平は変な顔したまま、私を凝視している。どうやら予想外の答えに面食らっているみたいだ。
「――そう、って……アイツら、チドリの仲間だったんだろ?ちっとは悲しいとかねえの?」
「別に。今ここに居る私にはあの二人がどうしたとか関係ない。」
「じゃ、居たくもないのにアイツらと一緒にいたっていうのかよ。」
「違う。……そんなんじゃない。」
そんな簡単なものじゃない。
ほんとに一緒にいただけの私達。ただ残酷な実験の中、生き残った私たちはたまたま身を寄せていただけの話。そう、一緒にいただけなのだ。それ以上もそれ以下の関係でもない。
「これからどうなるかわかんねーけど、俺どうにか会いに来るからさ。な。」
屈託なく笑う順平は彼らの敵である私の処遇を心配しているんだろうか。胸の奥にもやがかかった何かを抱えた私は、黙ったままスケッチブックにペンを走らせた。消え去らない違和感ごと吹き飛ばしたくて、絵を描き続ける。何だか今日はうまく描けない。衝動に任せた絵。何も考えたくなかったのに、頭に映像がちらついた。
入り込んでこないで。
要らないのよ、今更あんた達と過ごした思い出なんか。
要らない。
「大丈夫か、チドリ?どっか痛いのか?」
頭を手で押さえ、具合が悪い様に見えたのか順平が声を掛けてきた。その声は心配の念で溢れている。何時の間にか取り落としてしまっていたペンを私の手に乗せる。
「何でもないから……平気。」
「今日はもう何も聞かない方が良いみたいだな――じゃなっ、チドリ。俺帰るわ。」
これ以上話す気力のない私を見た順平は挨拶を告げて帰っていった。取り残された私は白い病室で窓を見つめ、外を見る。ここから海は見えない。
「あんた達って、ほんと馬鹿。」
笑顔がちっとも似合いもしない必死な二人が思い浮かんだ。
大層な約束をしておいて、結局果たせずに自ら死を選んで。何が復讐なのか。冬の海に飛び込むなんて自殺に等しい。さぞかし今の時期は海の中は冷たいのだろう。
描き終えた絵は青色だらけになっていた。心に残るのは苦い喪失感。
執着はしないなんてほんとは無理だって私たちは知っていた。
失うのが怖くなる度に理解していた。
だって、私達は生きてるから。
(さよならも言わせてくれないあんた達が嫌い。)
「何も死ななくても良かったのに。」とはもう居ない人達には言えないけど。
遠くない未来で私達はいつか死んでしまうはずだった。繋がりが脆弱でも、
それくらいの意地があったってバチは当たらない。
禍々しいくらいに青色に染め挙げられたページを破って、ゴミ箱に放り込んだ。