たったひとつの願い事。



「死なせて、ジン。」
「……は?」


つい、と少女に引っ張られた服の裾が延びる。チドリはただ床に寝転がっていて、ジンはそのすぐ側で自分の武器を揃えていた。

「私のこと、死なせて。」

二度目の頼み事。
訝しげに手を額に当てれば、いつもの体温がそこにあった。至って正常で、熱がある気配はない。

「熱はあらんな……外で物騒なギャグでも覚えよったか。」
「子供扱いしないで、本気よ。」

一睨みして、チドリは額に置かれた手を払った。

「……そないに死にたいなら、自分で死に。面倒はゴメンやわ。」

死体処理も楽やないしな。とジンは丸い自作の手榴弾を磨きながら言う。

「その手で殺してくれるくらい、造作もないことじゃない。」
「しつこいで、チドリ。暇なら絵でも描いとれ。」
「だって、ジンが死なさせくれるなら、許せないままで居れるでしょ。」
「ちいとも筋の通らん話をすな。それこそ黙らしたるわ。えぇから話しかけるな。」

沈黙が流れて一旦は流れが切れたかと思えば、またチドリはジンに話しかけた。

「――怖いの?」
「はっ!そんな訳あらへん。人様を殺すのが怖くて復讐代行が勤まるか!」
「じゃ、依頼するから……死なせて。」
「このどアホ。どこの世界に自分を殺せと頼む人間がおるんや。」
「ここにいるじゃない。」
「けったくそ悪い冗談はやめい。いい加減お前さんの戯言にも飽きたわ。」
「私、本気だから。」


「……えぇか、よう聞けや。それ以上御託並べるつもりなら、お前さんとてほんま殺すで?」
「願ってもないことだわ。」

(啖呵切った割には震えとるやないか。)

「アホらし。……こないなに阿呆らしい事付き合ってられるか!いつか死によるお前さんを殺しても、何の得もあらへん。」

「いくじなし。」
「もう黙っとれ。」
「いつも誰か殺してるくせに。何で……殺してくれないの。」

少女の目には水分が湧き上がっていた様に思えて、ばつが悪そうに諭す。

「泣くな。泣いたらあかん。……生きたいから泣きたくなるんや。」
「泣いてなんか、ない。――ジンなんて嫌い。ホント大嫌いよ。」
「前からよぉ知っとる。今更言われなくともな。」

「くっくっくっ……」
「何か、おかしかった?」
「取り乱すお前さん、初めて見たわ。……案外笑えるやっちゃな。言うてる事もメチャメチャで訳が分からん。」

ふいにチドリは、その細い指先で唇を模る線を沿うように撫でた。指の腹に息が掛り、熱を帯びていく。これは深層意識を探る行為だ。目の奥を見透かすように真偽を確かめて、目の前にいる少年の真意を探り当てようとしたが、尻尾すら捕まえられずに諦める。

「嫌いだわ、そんなアンタが。――いっそ殺したいくらいよ。」

冗談にも聴こえない警告が発せられる。ジンはその顔を覗き込んだ。鼻先が触れるくらいに近い距離で口にするのは、意に反した言葉だった。

「何なら今――わしを殺してみるか?」

一瞬何を言われたか不可解に取れたのかその不機嫌な瞳は、少しだけ見開かれるとすぐさま睫毛を伏せた。酷く緩慢な動作に見えたのは物珍しい所為だろうか。

「ほれ、この首をやるわ。安いもんやろ?」

自分の手で首元をさすって、絞めることを促してみる。だが、物珍しそうに伸ばされた手はその呼吸を確かめる様に喉をなぞっただけですぐに離れていった。

(何や、つまらんな。)

この少女がどこまで本気であろうと、別に構わない。他の誰かに殺されるよりは幾分か彼女の手にかかる方がマシだと思ったまでで。それこそ本当に息の根を止められてしまうという危機感もなかった。自惚れも良いとこや。ジンは年上か年下も分からないこの少女が苦手だった。こんなに近いところにいても、考えていることが微塵も理解出来ないからだ。もう一人の仲間であるタカヤもジンの考えの及ばないところにいつもいる。

「いい。」

静かに床に滑るその声はとても低く響いた。

「ジンなんか殺しても私は死ねないままだから。何の解決にもなんないもの。……だから、いい。」
「……そか。」
「だいたい最初から黙ってやられるつもりもないんでしょ。」
「当たり前や。わしはまだ死ぬつもりも誰かに殺されるつもりもないで。」
「ジンは分かりやす過ぎるから、遊んでみただけ。」
「最悪やな。そこまで分かっとるんなら、金輪際言わん事や。……簡単に死なせて、なんて。」

「覚えておくわ。――死ぬまで。」


もうすぐ日が暮れて、闇が迫る時間。

 

 

 

戻る