「そないな奴助ける価値あらへん。」とは言えなかった。
深夜、水で顔を洗って就寝の身支度をしていた。鏡を覗くと中の自分と目が合う。
「……疲れた顔しとるな。」
一人ごちる。頬をつねってみるが眠気を薄める効果はなかった。笑えるくらいに瞼は重く、今すぐ布団に入りたいくらいに眠い顔がそこにある。
(ま、当たり前か。あないな目にあうたもんな)
今日は色々有り過ぎた。敵のペルソナで吹っ飛ばされるは、タカヤは闇雲に突っ走るはで、総合的に散々な一日だった。
「はよ、寝よ……アホらし。」
暗い廊下を歩いて、自分達の部屋に戻ろうとしたが、少し開いていたドアが気になった。主を失った部屋は暗いばかりで、殺風景なものだった。
(ついこないだまで人が住んでたとは思えへん)
必要なものしかないあたり、アイツらしい。スケッチブックとペンと服と櫛、本が棚に置かれていた。それ以外物はなく、余りきった広いスペースがあるだけだ。
(何が見えとった?)
その眼に映していたのは絶望か未来か。
どちらにしろわしらにはそれを知る手立は既にない。スケッチブックに描かれたであろう希望は到底理解も及ぶ訳もなく、頭を通過していく。知ろうとしても知る手段すらないんや。ましてや知ったところでどうにも出来ないのは分かってはいたが。あとは果されるべき道が目の前に残っているだけ。微かな記憶の中交わされた約束を。部屋を陣取っていた主の不在を知らせる様に風が凪いだ。今日も世界はわしらに厳しい報せを運ぶだけで。
――ほんまは
(ほんまはとっくに分かってたんやで。わしを助けたお前さんの願いは。)
「もう一度だけで良い。生きてて。」
昔、無表情に言われた言葉。柔らかく頬を撫でる手は温度があって少しも冷たくはなかった。この体は熱を失いかけたはずなのに生かされたのだ。これっぽっちも生かす義理もないのに。あん時はちいとも理解出来へんガキやったけど、今ならわかる。
「けっきょく助けられぱっなしや……カッコつかへん。」
最後の最後までアイツには敵わなかった。ドアを閉める音だけが部屋に響いた。
わしらの未来は何処にある。