!捏造ご注意!
発売前に書いたものなので色々と矛盾が生じています。
ご了承の上お読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い指先









「明彦。」



真夜中の小さく質素な部屋に低音でありながらも耳触りの良い少女の声が響く。



名前を呼ばれた少年―真田明彦は、いかにも座り心地の良さそうな赤い無地のソファーに腰を下ろしていた。自分に近づく足音に気づくと彼は、それに反応して顔だけを上げる。彼を呼んだ赤い髪の少女―桐条美鶴は明彦の近くまで歩いて来ると立ち止まる。光がてらす場所へとさらされた赤い髪がふわりと揺れた。真夜中にも関わらず窓の外は部屋の照明と同じ明るさを放っており、かろうじて美鶴の輪郭が浮かび上がる。明彦はその彼女の姿を確認すると目線を窓へと移した。


ここでは、この世には存在しないはずの時間『影時間』になると空の色が紺青ではなく紺碧色に変わる。

こうして午前0時を回った今でも外が夜より明るいのはその現象の所為だ。曇った時の空でもないその色はとても不気味な明るさを演出していて、何か良からぬものが住んでいる事を象徴する様に思える程だった。

『影時間』が訪れると何から何まで普段動く全ての物の時間が止まり、人は棺へと化す。棺と化した人間は何も感じる事はなく、影時間が終われば日常へと戻る。時間が止まるその存在すら知る訳もない。その時間に残されるのは人の数の分だけ立ち並ぶ棺だらけの町と、異形の化け物である『シャドウ』に抗う術を持つ自分達数人の人間だけ。そう言うのも仮に自由に動く事を許された人間がいたとしても、シャドウに攻撃する事が叶わない人間は襲われた末に食われてしまうからだった。しかもシャドウが食うのは身体ではなく魂で、現実に戻れば心神喪失の廃人になり果てる。

明彦が所属する『特別課外活動部』はそうした影時間に『落ちた』人間を守る為に、毎晩シャドウ退治に明け暮れていた。自分たちはその為にこの影時間で動ける資格と、ペルソナを召喚する力を手に入れたのかと思うと皮肉にしか思えなかった。こんな空だって幾夜も見て来たはずだというのに明彦は何故か落ち着く事が出来ずにいた。いつもより少しだけ動悸が早まっている感じがする。


「明彦……?どうした?」

「何だ。」


もう一度名前を呼ばれていつの間にか考え込んでいた明彦は思考の海から現実へと戻される。気づくと、美鶴が目の前まで来て顔を覗き込んでいた。


「隣に座っても構わないか?」

「ああ。」


赤いソファー座っている彼の隣へ腰を下ろすと、美鶴は状況を報告しようと明彦の方に顔を向けた。


「岳羽(たけば)は少し遅れるそうだ。合流予定時間は少々過ぎてしまうが、彼女が到着するまではここで待機だな。」

「しばらく待つのか。」

「仕方ないさ。私達だけで処理できる事でもないしな。」


チームを組んでいる部員を待つことになった。という退屈とも言わんばかりの報告を受け、明彦はため息をを洩らした。彼の顔は無表情ながらも不満を隠しきれない色でいっぱいだった。美鶴はそんな彼を諌める様に柔らかい声と表情で笑ってから、ふと考え込む。どんなに彼や私達がシャドウを倒しうる力を持っていたとしても、一人であっては仮に何かあった時に窮地に陥ってしまうだろう。と美鶴は考えていた。それでなくとも、最近の彼は他人の忠告を無視し独走しやすいふしがどこかあった。今ここで、自分の身を危険に晒す行動に出やすい彼がもしも一人で向かえば、きっと無傷ではいられない。


(私は決して求めていない、そんな光景など。)


その光景は目に見えて明白な結果だった。


そう―――彼ら、影時間の住人『シャドウ』は私達に間違っても容赦などしない生き物。

いつだってあれらと対峙した時に湧き上がる恐怖は忘れがたい傷跡の様で、美鶴も何度その感覚に飲み込まれそうになったかも分からない。月日を重ねる度、彼らは恐ろしく残酷なそのものであるという事を実感せざる負えなかった。再びその瞬間を思い描いてしまったのか、美鶴は少しだけ身震いをして、また姿勢を整える。彼女のそれを見ていた訳でもない左隣にいた明彦が突然、音もなくソファーから立ち上がった。

「どうかしたか?」

「……。」


声を掛けたが、反応は返ってこない。
明彦は静寂が訪れただけの部屋の中黙っているだけだった。その行動を不審に思った美鶴は、あたかも目の前にある何かを見つめる視線を送り続ける眼差しの先を見つめた。別段変わったことは何もない。胸を撫で下ろし落ち着いてからもう一度彼のほうへと向き直る。ところが、すでに彼はこの部屋の出口であるドアへ向かって歩を進めていた。


「待てっ!私は岳羽が来るまで待機しよう。と言ったはずだ。それなのにどこへいく?」

「ここで暇を持て余す時間が俺たちにはあるのか?」


明彦は振り返らずにソファーから立ち上がった美鶴に言う。


「……確かに私達には時間がない。だが、二人を待たずに危険を冒す必要はないだろ?」

「俺なら平気だ。いけるさ。」

「しかし――」

「悪いが、命令違反についてなら後にしてくれ。」

「――っ、明彦!」


美鶴はドアノブを捻ろうとしかけた明彦の手を捕まえると、引きとめる為に声を少しばかり荒げた。 声に驚いて動かなくなった彼に静かに忠告を浴びせかける。


「いくらお前でも……一人でシャドウと戦うのは無茶がすぎる行為だ!今、行かせる訳にはいかない。」



この部屋を出るためにドアを開こうとしていた明彦は、その忠告によって出る手段を遮断され、さも不本意だという顔色をして黙った。そうして、どうして引き止めるのかといった責め立てるような目で美鶴を見る。


「岳羽と合流したいなら、お前はここに居れば良い。俺は一人で行く。」

「……本当に前しか見ていないんだな。」

「こうでしか在り得ないのは、お前も知っての通りだが。」

「そうだったかな。普段のお前ならば出来るだろう、明彦。」

「俺は上からの命令は愚か、他のやつなら聞く耳を持たない行動が目立つとここ最近言われていた。だから、今後はそれを慎む様にとの注意を受けたばかりだ。それ故に少しでも従う可能性がある―――お前がいるチームに配属されたと思ったが…?」

「それは……。明彦。頼むから、もう少し冷静になってくれ。」

「否定しないのか?」




「……くそっ……!結局、お前もやつらと同じだった訳か。」


明彦は己の拳を強く握ると吐き捨てる様に言った。

自分がある思惑によって配属された事だけでなく、その自分を諭そうとする美鶴の声にも明彦は苛立ちを覚えた。信頼していた相手にここまで手を回されて、気づきもしなかったなんて
まるで自分は馬鹿以外の何者でもない。普段なら冷静に働く思考さえも今やその機能を失いつつあった。美鶴は説得しようと言葉を返してはいたが、冷静を装いつつも内心では明彦が
何故命令に背こうとするのか、正直理解しかねていた。今回までは順調にチームとして機能してきた。和を乱しかねない彼の取る行動は、リーダーである美鶴にとっては都合が悪いものでしかない。一体何が不満なのだろうかと美鶴は考え込んだ。行き場を失った怒りが納まらないのか、更に語尾を強めた声は彼女の思考を遮る。


「俺が信じられない理由はそれか。まあ、今はそんな事はどうだって良い。それがお前にとっても懸命な選択だったんだろう。」


明彦は、以前と似た言葉を繰り返す自分自身に罪悪感を覚えかけたが、否、自分はこうでしか意義を見出せない。それが己自身であると信じていた。たとえば今、相手に信念が伝わらなくとも仕方ない、とまで思った。


何だって一人で行こうとする?

お前だって私を信頼してるのか?


美鶴はそんな底知れない不信感ばかりを生む自分の思考を恨めしく思った。同時に、どう言い繕えば彼は行かないでくれるのか検討もつかない。先ほどの彼の言葉が再び頭に響きわたり巡る。足元がおぼつか無い不安と嫌気が指しそうな眩暈に美鶴は下を向くしかなかった。一方、急に微動しなくなった美鶴を訝しげに思ったのか明彦は彼女のほうを目だけで盗み見る。




「違う!!」


「明彦。お前が言うとおり、私はまだ信頼してないのかもしれない……ただ心配なんだ。また、あんなひどい怪我を負うことにならないかと。」


美鶴の中に過去の鮮明な残像が浮かんだ。赤い何かと黒い影で構成された映像は、先ほど見たばかりの光景と何ら変わりない。思い出したくもないのに眼の裏で映るのは彼の青白い顔ばかりだった。


「……すまない、今更こんな事を言っても嘘にしかならないな。」


美鶴がそうこぼすと、明彦は目を伏せ諦めがかったため息を一つだけする。静寂が辺りを包んだ。










「なら―――」




「なら、お前も一緒に来れば良い。」

「何……だって。私が?」


美鶴は目を瞬(しばた)かせ、正面に向かい合う明彦にそう問い返した。


「そうだ。見張りたいなら見張って構わない。」

「私は……。」

「行かないのか?ほら、さっさと行くぞ。」


手を差し出したかと思うと美鶴が戸惑う手を添えるよりも早く、明彦は彼女の手を掴む。どうして彼女を連れてゆく事を自分から提案したのかは彼自身も理解できなかった。湧き上がるであろう情けないとかそういった類の感情は一切ない。


(泣きそうに見えたからか?)


このまま一人で行こうとすれば、必ず彼女は明彦を引き留めようとする。ならば、ここでぐだぐだ時間を浪費しているだけならば、どう言われようと強引とも取れる行動でも取った方が幾分かマシであると思った。彼女はチームのリーダーで、自分を行かせまいとするのは当然の働きである。けれども、この場では責められて仕方のない自分を心配しての言葉を彼女はくれたのだ。それが全て事実ではなくとも彼を突き動かすのには十分な事柄だった。半ば強引に思えるしぐさだったがそれでも出来るだけ優しく、呆れかけている美鶴の手を明彦は引いて歩き出した。傍目から見れば、彼によって美鶴は歩く事を強いられている様だった。

美鶴はすぐに彼の手袋の感触から、繋がった指先に気づき離そうとした。しかし、その指の動きに心は伴わなかった。どこか優しさを伴う彼の手にまるで抗う事など無意味に近いという感覚に陥いる。何故かその手を離す気にはなれなかった。それどころか心のどこかで安心する彼女自身もいた。


(信頼している?自分だって同罪に違いないのに。)


あの二人が戻ってくれば、自分たち二人がいなくなった事をきっと咎めるに違いない。何だかその事実がとても嬉しくも可笑しいものに美鶴には思えた。前は少しも頼ってはくれなかった手が、今まさに美鶴の手を引いているのだ。




「どうした?」


やけに大人しいなと付け加え、明彦が美鶴の方を振り返る。


「いや、何でもない。」


明彦は一人納得した風な顔した美鶴を不思議に思いながらも、向き直ると前へと歩き出した。美鶴は彼の背中を見つめ、歩幅に合わせる様に歩く。指先が心なしか熱を帯びた気がした。



ならば私は、見ていよう。前だけを進もうとするその背中を。






その手を繋ぎ止める温かさが、今は何よりも愛しいから。

















 初の真田先輩+美鶴嬢小説です。
発売前なのにやり過ぎた感が否めない。
そうして、二人の話し方に違いを出すのが難しかったですYO。
二人とも結構似た感じの口調で違いを出せたかとても不安です。口数で言えば断然会長の方が多そうですが。
(2006/6/26)
発売後…ちょい修正。チームとか言う前に特別課外活動部自体が規模が小さいという事実。

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