エリスは致命傷を負ってしまったところをセエレに匿われ、辛くも回復を遂げた。その後ノウェ達と再会する。ところが、前回彼らと会った時に居たもう一人が居ない。
ノウェとマナ、…その一人がどこを見ても居ない。それに気づいたエリスは、ノウェに聞いてみた。どうしてその人が居ないのかその理由を。
「ノウェ。…ユーリックはどうしたのです?一緒に居たはずでは?」
「ああ……ユーリックは…明命の直轄区の契約者だった。」
「は?それがどう…」
エリスはノウェとの会話の繋がらなさに不穏さを感じる。
「……だから、俺達が封印を壊す為にユーリックは……。」
何か伝えたい事があるのにも関わらず、ノウェは最後には黙ってしまった。重たい沈黙が続く。エリスは己の疑問をぶつける為に、気を取り直しノウェに問いかける。
「何があったんですの?」
「いや……何も無かった。ユーリックは違う場所へ行きたかったらしいから、途中で別れたんだ。」
思い直した風に早口で言うノウェは明らかに何かあった顔している。エリスは即座にそれが嘘だと見抜いた。彼は昔から嫌な出来事があるとすぐ顔に出る。普段は無表情であるが、実は負の感情が表に出やすいのだ。エリスはその事を知っている。
「本当の事、私に真実を言って頂戴、ノウェ。」
エリスは神妙な面持ちで厳しく言った。ノウェは黙ったままだ。
「ノウェ。……その事は彼女の為にも言った方が良いでしょう。」
近くで二人の会話を静かに聞いていたマナもノウェにそう促す。そうして決心がついたのかノウェが重い口を開いた。
「……ユーリックはもう居ない。」
「それは彼がどこへ行ったか分からないという意味で取って良いのですか?」
「いいや……この世界の何処にも居ないんだ、ユーリックは。」
「ーーーーー!!」
その事実を言い切ったノウェはしばらくうなだれていた。マナも横へ顔を背けている。
「……そう。そうだったの…ごめんなさい、ノウェ。」
ようやくエリスはノウェが発した言葉の意味を理解した。彼を気遣い、肩に手を添える。
「良いんだ。俺から言わなくちゃいけない事だったんだ。」
「ノウェ、ユーリックは確かに死を迎えたのですね?」
確かめる様にエリスはノウェに聞いた。
「亡くなったよ。確かに俺たちに言葉を伝え切って亡くなったんだ、ユーリックは。…あの聖花に埋もれてさ。ユーリックは死神と契約しててずっと死ねなかったんだって言ってた。すごく死に対して恐怖を持ってた自分を解ってて、昔と何一つ変わらない笑顔で言ったんだ。俺をカイムから庇って…傷を負っていたのに、笑顔でさ。だから俺たちは…」
どうにも止まらない言葉をノウェは流し出し、自分でも何を言ってるのか解らない様子だ。彼自身もまだ混乱しているんだとエリスは感じ取った。聞いてしまった自分に後悔する。胸が少し痛んだ。
「ノウェ、今言った事は気にしないで下さ…」
「本当は俺、エリスには言いたくなかった。」
ノウェの唐突な一言でエリスは言葉を止める。
「……。」
「エリスは小さい頃、俺同様ユーリックを慕っていただろ…?そんな大切な人が亡くなったなんて聞いたら、辛いだろうなって思ったんだ。」
「私、その様な感情を彼に持った覚えなど有りません。」
「え、でも……。」
「有り得ません。…彼はただの知り合いですもの。」
「エリス。」
そう言い切るエリスの目は表情が全く映し出されてはいない。目の前にいるノウェすらも映っていない、どこまでも虚ろなものでしかなかった。ノウェはそれをただ痛ましく思った。
「自分の大切な方に対して、随分悲しい事を言うのですね。」
「!」
マナがエリスに対して感じたままを言い放つ。
「マナっ…!私の事などこれっぽちも知らない貴方に、どうこうと言われたくありません!」
「ええ、知りません。しかし、私達が仲間を失った痛みすらも貴方には解らないのでしょう。」
「元はと言えば貴方が…っ!ノウェを……ユーリックを巻き込んだのでしょう!」
カッとなったエリスが勢いに任せ、マナめがけ手を振り上げる。
「やめてくれ!」
ノウェがとっさにエリスの手を掴んで制した。すぐに我に返ったエリスはその手を振り払う。
「エリスっ、俺はそうする為に言ったんじゃ…」
「今はもう、その様な戯言は聞きたくありません!」
そう叫ぶように言い残し、エリスは二人の元から離れていった。
「…彼女の為にも今は放って置いた方が良いみたいですね。」
「そうなのかな。…エリスはどんなに辛くても昔から強がってばかりだ。」
「そうしなければ、彼女は自分自身を保っていられないのでしょう。」
「……。」
ユーリックを慕っていたはずだ彼女は、確かに。ノウェは思案を巡らせ、過去を辿った。
自分は知っている。遠征行ってくると言ったユーリックを、必死に泣いて引きとめようとしたエリスを。困った顔してユーリックはそれを宥めていた。そんな彼を見ていつしかエリスは彼を気遣い、
泣かない様になった。けれどそれは表向きの話で。いつも彼が遠征に行ってしまうと、夜中彼女の部屋から掠れた嗚咽が聞こえてくるのだ。幼いながらに曖昧ではあるが、はっきりと覚えている。エリスは皆の見えないところで泣いていた。しかし、彼女が己の胸の内を話さない限り、そうさせる感情の名前は少しも明かされないのだろう。今頃エリスは声を殺して泣いているのだ、きっと。昔の様に彼を想って。ノウェはそんな事実を知らないユーリックに最後にエリスと会わせてやれば良かったと後悔した。
そんな儚い想いは静かに夜を迎えようとしていた空へとどこまでも上っていっただけで、何も残る事はなかった。