私(わたくし)はその日から何かを失って、泳げない魚の様な呼吸を繰り返してばかりいた。


私は知らない。貴方への感情はこんな悲しいものではなかったはずなのに。

 

 

壊された心

 

 

その日はいつもと同じ空は晴天でしたし、いつもと同じ生活が送られるはずでした。私はオロー団長を含めた騎士団は任務で明命の直轄区へと赴くという事を小耳に挟みました。オロー団長そして、あの兄の様なユーリックへしばらく会えない事を思って、激励の言葉を二人に贈ろうと考えました。はやる気持ちを抑えながら、よく二人が居る広間へと私は駆けて行ったのです。

しかし、もうその日はすでに二人とも行ってしまった後だったのです。二人が居るはずの閑散とした広間の中央で、私と同じく二人を見送ろうとしていたらしくノウェも唖然と立ち尽くしていました。そこにはいたたまれなさだけが漂っていていたのです。

「ノウェ、…二人はもう行ってしまわれたのですか?」
「うん、二人とも任務へ行った後みたいだ。…何で今日は出発が早いんだろう。」

ノウェに覇気がないのはいつもの事でも、更に気落ちした声でノウェはそう心中を明かしました。

 

「あの二人ならば大丈夫です。きっとまた笑って帰ってくるに違いありません。」

私はそんなノウェを励まそうとその様に断言しましたが、そう言う自分自身も胸を占める嫌な予感を拭い去りたかったのかも知れません。


そして、その日から何日過ぎた頃でしょうか。二人の行方が分からないとの事を聞いたのは。今でも当時の記憶は曖昧なままです。確かノウェが益々心配そうな顔をしていた様な気がします。

 

――――――

 


それからまた少し時間は流れ、結局オロー団長とユーリックの死亡の噂が流れました。私とノウェはただただ二人の無事を信じて待ち続けました。来る日も来る日も。ノウェと二人で稽古した後でも、お互いに励ましあい、二人を待ちました。ところが、二人は決して帰って来ることはありませんでした。私は二人を待ち耐える事、二人がこの世にいないかもしれない事実を受け入れる事、どちらも出来ずに疲れ切りました。今思えば、二人の存在は私の中を確実に占めていたのです。実の家族以上に。当時の私にとっていつも訪れる夜は二人の事を思い出してしまう闇でしかありませんでした。泣けば楽になるのかと思えば、更に寂しさを加速させる行為に過ぎなくて。最後にはいつもはおいしく食べていた食事も残し、心を無にする稽古も全然身が入らなくなりました。

ある日、そんな私を見かねたらしくノウェはこう告げました。


「エリス…聞いてくれ。もうオローもユーリックもいないんだ。…俺がエリスを護るから。」

押し黙ったままの私は私の肩を押さえ懸命に言い聞かせるノウェをぼんやりと見ていました。

「…だからさ、いつもの元気なエリスに戻ってくれないか?」


と言ってノウェは私を力強く抱きしめました。私は何一つ理解も出来ずに、言葉を発っせない時間がただ過ぎました。

「…もう分かっています…っ、私は。」

どこから発したのかその声は自分の声ではない気がしました。抱きしめたところからノウェの体温が私の体を伝って、それに代わるかの様に私の頬に温かいものがぽつりと出てきました。私はそれを自分の枯れ果ててしまったと思っていた涙だと理解し、流れを止める事が出来ずに彼の腕に縋り泣きました。


「ノ…ウェ、う…うっ…オロー団長、ユーリックは私の心を壊してしまう程…大切だったの…です。」


ノウェは黙って私を抱きしめたまま、私の取り留めの無い言葉たちを聞いていました。おかげで、日を要したものの私は前とは変わってしまった日常を受け入れる事が成せました。まさかユーリックに関しては私の初めての愛しい人であったなんてノウェには言えません。その事は今でも私だけが知っている事実で。



それは私がどんなに大人になっても、ノウェがどんなに私の支えとなっていたとしてもこうなってしまった自分が悔しいので簡単には言ってなんかやりません。何か奇跡があって、いつの日か本人が帰ってきたとしても私はそうするでしょう。その様な事は到底ないと思うのに、その様な事を思う自分は浅はかなのでしょうか。



しかし、確実に私は貴方の居ない日々をこの足で歩む事で生きていくしかないのです。貴方が居た筈の日々を噛み締めながら。

 

 

 

 

 

 

 




エリス視点で過去話。例の3年前を妄想。壊されてしまった日常でノウェとエリスが思うのは。


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