安らかな眠りを

 

 

その日はたまたま夜になる前に町にたどり着けず、ある小さな林で野宿となった。
そこで、マナからの提案で寝の番をつけたほうが良いという話になった。やはりいつ誰かに襲われるか分からないという心配があったからだ。マナ以外の皆もそれに納得して、順番に四人で寝の番を交代する事となった。

エリスはノウェと替わって寝の番となると、ゆらゆらと揺れるたき火を明かりにして本に読みふけっていた。ここのところ落ち着く時間もないままの移動であった為、心を落ち着かせる様にと思っての行動だ。切り株を椅子代わりにしていたので、あまり座り心地は良くなかったが。それでも落ち着いて腰を下ろして読む事ができた。

本を読み始めてしばらく経った頃だろうか、エリスがうとうとと寝かけると風に乗って低い音が聞こえてきた。その音は何かに怯え苦しみもがいている、そんな唸り声だった。誰かうなされているのだろうか?案外あの気高いドラゴンの寝息かもしれない、そんな事を思いながらエリスは腰を上げ声のする方へ足を運んだ。ノウェ、マナ、ユーリックの三人が寝ている方に来てみたが、全く誰もうなされてはいない。


「何だったんでしょうか、あの声は。」


エリスは自分の空耳かと思い、先ほどの場所へ戻ろうとした瞬間だった。

「う、あ……死なせてくれって。もう、これ以上……」


と、寝返る音と共に息苦しいそうな声が聞こえた。ふと振り返れば、さっきまで静かに眠りについていたユーリックがうなされている。表情を無意識に隠そうとしている様にも見えなくもないといった風に、片腕を額に当て口を歪ませている。エリスは心底驚いた。普段自分達の前では、あまり苦痛の表情を見せない男がこうして今苦痛に苛まれているのだ。むしろ飄々とつかみどころなく笑っている事が多い彼だ。そんな彼しか知らない人間であれば驚くしかなかった。


「ユーリッ……。」


エリスはこのままうなされているよりはましであろうと思い、声を掛けてみた。だがそれは途中で遮られた。今度は息をしているのか疑わしくなるくらいの静けさが彼を支配したからだ。まさか息絶えてしまったのではないかと思う程、静寂につつまれていた。何故だか途轍もない不安が内からこみ上げたエリスは、彼の喉元に手を添えた。

彼の喉は呼吸のテンポに合わせ上下している。確かに彼は息をしていた。エリスはそれを認識したのだが、彼がここにいる人なんだろうかという不安は少しも消え去らなかった。彼は自分が幼い頃、明らかに自分よりは強くてその大きくて温かい手で頭を撫でてくれた本人なはずなのだ。なのに、ここに居るのは何かにおびえている子供の様な彼しか居ない。小さな自分が見たのは彼の一部分に過ぎなかったという事実だけがそこにあった。


「……うっ……」


ふと懐かしさに似た悲しみが込み上げて、エリスは無理やりそれを堰き止めた。胸に手を当てるとエリスの心臓はとくとくと波打っている。胸がじんじんと痛い。そう感じる理由を言葉にしたらきっと彼は泣きそうな顔で笑い流すのだろう。今は心の奥底に埋めるしかなかった。

また寝返りをうつ音と一緒に彼がうなった。彼の息苦しそうな様子を見ていると自分も苦しくて倒れてしまいそうな眩暈にエリスは襲われそうになる。ただただ今は彼が安らかに眠るために、何かに怯えなくて済むように、エリスはぎゅっと彼の手を自分の手で包む。そうして、自分がしばらくそばに居る事で少しでも彼の苦痛が和らげばと願った。


 

 

 

 

 

 

普段心の裏側を見せないのに、こういうふとした時に弱さを出してしまったりするユーリックが書きたかっただけの代物。

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