白い憂鬱と君と

 

 

ただ君は僕を裏切らない。

 

もくもくと白い煙が身体を取り巻く。

 

向こうが霞んで僕の目に映る。

 

広い学園内で唯一ある喫煙所の壁に寄りかかり、一人僕は煙草をふかしていた。と、いってもまるで牢屋みたいに狭い喫煙所、と言った方が相応しかった。行き場のない白い煙が立ち込めている様を見れば、いかにここがこじんまりした狭いところであるかを表している。学園内は誰が言わなくとも全面禁煙で、喫煙者にとっては肩身が狭い空間だった。だから、保健医である僕が堂々と持ち場で吸っていたら、間違いなく教師としての立場を咎められる訳だ。怒られる自分の姿が容易に目に浮かぶ。ふいに、立ち上ぼる煙たい香りが鼻を突いた。咄嗟に咥えていた煙草の先を口先から離すと、軽くごほごほと咳き込む。さすが目に染みるなぁ。

 

「ああ、もうメンドクサーイ。」

 

感情を込めた言葉すら、吐き出すのも億劫になる。ここで帰りたいといったところで、何一つ虚しい状況は変わりはしない。けど、実際は愚痴ってでもしないとやってられない、というのが僕の感想だった。

 

任務の一環とは言え、何故こうも平和馬鹿な学園の生徒達とヨロシクやっていなくてはいけないのか。

保健室にこもりっきりの保健医なら、さほど生徒との接触が少ないと踏んだのに。あの人もつくづく粋な戯れ事をするなぁーと、僕はあの人への責任転嫁も含めた本日何度目かの溜め息を付いた。これならランスロットを動かす機会が無くとも、何時間も彼と向き合っている方が何倍も良いに決まっているじゃないか。 がっくりと肩を下ろし、僕は懲りずに煙草をまた口へと運ぶ。この匂いがとても嫌いだ。体にまで染み込む感覚さえする甘く苦い香り。本来は吸わなくて済むなら、吸わない方が良いに越した事はない。身体を蝕む毒なのは良く認識していたし、僕自身したくない事のひとつだった。それでもこう苦い香りを纏うのは、半ばそれは「癖」に近いものと言って間違いない。面倒な出来事を霞める癖。 ふと、いつも傍らに付き添う彼女がする、苦い香りを嫌がる時の面持ちが脳裏を掠めた。困った眉毛と眉間に寄る皺、そして―あの優しく咎める台詞。まざまざと思い出したら、可笑しくて仕方ない。整った顔に不似合いな、あの表情。僕は声を上げ、つい笑ってしまった。押し込めた感情が頬を緩ませる。

 

「ははっ、可愛い顔してるのに。ねぇ?」

 

完全な独り言が吐き出した煙と一緒に、風に乗って消えてゆく。僕はそれを憂鬱な目で見送った。

 

いつからか彼女が側に居ないと、どうにも落ち着かなくなってしまった。何か忘れ物をしたのに、思い出せない子供みたいな心境に支配される。僕だって、そりゃあ、始めは仕事上の習慣でそうなるのかと考えた。だけど、居る・居ないでは明らかに違うのだ。僕の生活全てが不具合を起こす。その彼女が入れた珈琲を飲みたいと喉が訴えているのに、肝心の人物はここには居ない。ランスロットで言えば、たった一つのパーツが足りなくて動く事もままならない状態だ。

 

だから、煙に巻くように埋まらない隙間をどうでもいい事で補う。いっそこれで身体を悪くしてしまえば、心配してくれるかもしれない、と考える始末。 袖を捲り、腕時計の針に目を落とす。もうすぐ今日の全授業が終わる時間だ。僕は堅苦しい役目から開放される。そうしたら、すぐにでも彼女に会えるだろう。いつもみたいに「また煙草吸ったんですか?身体に悪いですよ。」と言ってくれる。そのやりとりがある限り、君は僕の側にいてくれるんだろうか。上司である自分への揺ぎ無い忠誠が存在するかは、ともかくとして。

 

 

 

 

 

 

ただ僕は君を裏切るかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惰性全開のロイドさんでした。 彼が煙草を吸っていた理由を自己補完。詳しくはコミック版「コードギアス」1巻参照で。 1巻を購入して、冒頭から吸ってて驚きました。仮にも保健医だよ、ロイドさん…! 絶対、その手のものは嫌ってそうだなと思っていました。 ●戻る