それが始まりだった。
酷く退屈な世界は些細なきっかけで偽りを受け入れる。
「誤解していました、ロイドさんの事。」
今日のランスロットの出動任務が終わり、粗方整備作業が完了する頃、そう打ち明けられた。
優秀な部下であるセシル君は、こちらを見ない変わりにキーボードに文字入力する指を休み無く動かしている。
片手で持つには重たそうなパソコンを抱えているのに、全く動じない目は画面を追うのに忙しそうだ。
今回の任務で採取されたランスロットのデータを、彼女はまとめてくれている。
その顔は心なしか済まなそうにして睫毛を伏せがちに、画面を追っている様に見えた。
一方の僕はというと、久々に出撃の許可が下り、ランスロットが動き回った様子に胸躍らせていた。
何て満たされた気持ちなんだろうか。
研究結果がこんなに役に立つなんて、研究する一端の者としてこの上ない喜びだ。
そんな心持ちで、パネルの経過を眺めて彼女の横にいただけの僕は、その言葉を聞いた途端、一瞬呆けてしまう。
「ン。何を誤解してたってぇ?」
「スザク君の事です。ロイドさん、ずっとパーツ扱いしていらしたでしょう?」
「ああ、それの事。」と納得した後、ある事を思い出した。
柩木准尉の事を「パーツ」として扱う度に、助手の彼女はこれでもかと眉根を寄せていた事。
当の彼は全く気に留めていないのに、随分気に掛けていたのだろう。
情に脆いのは元から知っていたが、大事な「パーツ」の精神面に影響が及ぶのは些か不都合だと思った。
どちらにしたところで、相手の心情を推測するなんて理解し難い。
大して問題でもないかと、その話を引き合いに出され、僕は益々楽しくなった。
「あはっ、彼最高だよねぇ。今頃見つけられていなかったら、僕のランスロットは活躍ゼロ!……だったなんてゾッとするなぁ〜。」
「そういう事ではなくて、聞きたいのはそちらじゃありません。」
「あれっ、違う?」
中々意図する答えが聞き出せない焦りか、キーを打っていた手を止めた彼女はいつもの困り顔になった。
人差し指を顎に当て、枢木准尉から繋がる意味合いを辿ってすんなりと答えを確信する。
「ううーん、つまりはぁ、僕の彼に対する態度が気に入らない、とか?」
「……私、心配だったんですよ。どんなに危険な任務でもスザク君に無理強いしないかと。」
――ふーん、そういうことかぁ。
今にもため息ばかり付きそうなセシル君。
彼女の性格からすれば放っておけないのだろう。
上司である僕が彼に無茶させやしないかと危惧していたのだ。
「そうでなくとも、上からお呼びが掛れば下っ端の僕らに拒否権はないよ。」
さっきだってそうだ。
現に「特派」は軍内では良い待遇を受けているとも言えなかったが、最低に悪い訳でもなかった。
けど、僕らが満足する待遇でないのだけは確かだった。
待ちぼうけばかり食らわされる日常には正直飽き飽きしていた。
その暇を持て余していたら、たまたま敵に苦戦したコーネリア様が囮としての出動を命じたのだ。
ランスロットが動くのなら、「役目」は指して気に掛ける要素では無いが、いかにも壊れてしまうのだけは御免被りたい。
でも、それを拒否するのには僕らには権力も理由も無い。
そして、何よりもランスロットの腕を試す機会に対する好奇心の方が勝ってしまった。
「分かっていますよ。ナンバーズである私達に、そういった権利が無い事なら。 状況が明らかに不利であっても、スザク君は無茶を承知で誰かを救おうとするのも。」
「彼、誰か危ない目に遭ってるのを見ると、放っておけないタイプだからね。」
「でも、だからこそあの時、ロイドさんはああ言ったんですよね?」
神妙な面持ちで詰め寄る彼女は、何か最も言いたいとする事があるらしく、その表情は真剣そのものだ。
「あの時?……あぁ、あれ。いや、彼ならああいう風にやり切るかと踏んでの発言だよ。」
僕はランスロットに乗り込んだ枢木准尉に、途中で帰って来る様に念を押した。
そうしたのは、今まで彼はその手の事になると何より先に「人助け」を優先していたからだった。
自身が罵られる存在であっても、危険を顧みない性格。
人としては一般的に言われる立派な人格者であるんだろうが、それが逆に利用もしやすかった。
思い描いていた結果としては間違ってはいないからそう答えると、セシル君は複雑そうに表情を暗くして僕の目を見る。
「ロイドさん!私達は研究が大事かもしれません、けど…!」
予想は出来ていたけどさ、君がそういう人なのは十分すぎるくらいに。
付き合いも短いとは言え、そこそこ面識のある僕らは、ある程度嫌でも相手の考えを推測する術を身につけた。
彼女は僕の奔放な考えを、僕は彼女の真面目な考えを完璧とまでは行かないけど、知っている。
それでも、研究者である以上、自分たちの研究の成果を得る実験は絶対必要だった。
でなきゃ、全く何の為に研究しているやら解らない。
本末転倒も良いところなのだ。
「何が不満なの?研究した成果を試したいでしょ、君だってさ。」
「それはそうですけど、彼をああやって利用するのは……人として善くありません。」
「人として『善くない』行為だって分かっているよ、言われなくともね。そう考えないのも僕だっていうのもね。」
絶望に彩られたため息を一つだけ彼女は零していく。
上司である僕に、人らしい感情を持っていて欲しいと願っているのだ。
けれど、僕はいとも簡単にそれを崩しては繰り返す。
「私だって責めたい訳じゃありません。」
「責めてくれても構わないよ、どぉーってことないから。」
君であろうと他の誰であろうと同じ事。
それが本質であれば尚更、どう言われても痛くも痒くもない。
彼女のため息は更に深くなる。
額に軽く手の平を当て、ほとほと困った表情で目を伏せた。
「もう良いんです。――すみませんでした、私の独りよがりな考えで。」
「気になるなぁ、それ。」
「些細な事ですよ。」
「何だ、聞かしてくれないの?」
わざとらしい声で尋ねる。
彼女の技術はこれからランスロットを動かす上でも必要なものだから、失うのは得策ではないと僕の頭は考えた。
だから、悩みを引き出す為に聞き返した。
愚かだよねぇ、僕も君も。
変な同情ばっかりに突き動かされそうになる。
些細な推論を言い出す踏ん切りがついたのか彼女が口を開く。
「今回のことで本当はロイドさんもスザク君を心配していたんだと思ったんです。」
「まさかぁ!僕はランスロットの方が心配で心配で仕方なかったよ。危うく今までの研究がおじゃんになるところすれすれ。まぁ、新たなデータを採取出来たから結果オーライかもしれないけど。」
早口で捲くし立てると、彼女は間が抜けたのか唖然としている。
彼女特有の困った笑顔とでもいうのだろうか、とにかく僕はそんな顔を向けられた。
「何、疑ってるの?」
「いいえ……とてもロイドさんらしいです。」
「らしい?そういう感覚はよく分からないなぁ。」
「隠さなくても良いんですよ。疲れません?そういうの。」
「ぜーんぜん。僕はこっちの方が楽しいよ。」
本当の姿を知らせる必要性はゼロに等しいから、あえて白々しくそらすフリ。
周りの人間よりも僕を知る君には些細な嘘だけども。
それが相当納得いかないのか彼女は、眉を下げ気味にして声を返した。
「それがロイドさんですものね。」
休めていた手を動かし、またパソコンの画面とにらめっこでもするかの様に彼女は無表情で向き合った。
「随分不満アリ気な感じだねぇ、君の方は。」
「いえ、気にしないで下さい。」
こうなれば嘘の付き合いが始まる。
本当は相当気にしてる嘘を付けない君。
ある程度のラインを越える詮索はしないで、他人行儀になるのは聡明だけども、感心出来ないのは中途半端な同情。
止して欲しいもんだなぁ、僕が惨めに見えるから。
早々と結果を入れ終わったのかセシル君はパソコンを近くにあったデスクへと置く。
「採取データの結果は纏め終わりましたので、確認お願いします。で、ちょっと珈琲淹れて来ますね。」
「ううーん、ご苦労様。僕にも、うーんと濃いのちょうだい。」
「はい。」
そうして、逃げる様に彼女はパソコンをデスクに置いたまま、側を離れていった。確認の為に明るい画面を覗くと、きっちりと結果がまとめて映し出されている。まるで、彼女そのものみたいに並んだ文字が目に入った。僕が望んだ結果に纏められるのは、他の誰にも出来ない彼女だけの仕事。
「ロイドさん!何かあったんですか?セシルさん、急いで行かれたみたいで……」
丁度、支給されたパイロットスーツから制服に着替え終わったのか、枢木准尉が心配そうに駆け寄ってきた。
彼はもう任務を終えた身なので支度を整え、家に帰ろうと鞄を手に提げている。
緊張した面持ちから見るに、緊急時の事柄でもあったのかと勘違いしているようだ。
「あぁ〜、ちょっと大した事はないけど急用を頼んだからね。」
二つ目の嘘はもっと些細で下らないものとなってしまった。
別に話題に上った彼の所為だなんて、八つ当たり染みた台詞を言ったところで対処出来ないだろうけど。
「そうなんですか。僕にも何かお手伝い出来る事があれば言って下さい。」と、当の彼は真っ直ぐな目で手伝いを申し出る。
「今のとこは君のすべき事はないよ。今日はご苦労様でしたぁ〜、解散っ!」
「はいっ、お疲れ様です!次も宜しくお願いします。」
丁寧にお辞儀をして彼が敬礼する。
面倒臭いと正直僕は投げやりになった。
「はいはい、じゃあ帰った帰った。次も存分に働いて貰うからねぇ〜、覚悟しておいてよ。」
「もちろんそのつもりです。」
半ば棘を刺して言ってみたが、純粋な彼には全く効果がなかった。
「お先に失礼します。」と元気に挨拶して颯爽と帰っていく。
枢木准尉の背中を見送りもせず、デスクの備えつけの椅子に腰掛け、珈琲を要れてくると言ったひとを待った。
また退屈さが僕を襲い始め、何となしに机の上に鎮座するパソコンのキーを弄る。
「暇だなぁ〜……。」
いくら君に言われようが僕は構わないのに、カチカチとキーを叩きながらさっきの言葉を再生する。
「だって詰まらない、そんなの。」
君にはこの僕を全て理解しないで欲しいから。
理由が欲しい訳じゃない。
僕が君を。君が僕を解り合う、なんて詰まらないことなんだろう。
退屈で敷き詰められた毎日ならばいらないし、あくなき平穏より進化ある変化を望んでいるから。
善き人である様に努めるなんて最も望んでいない。
人である僕が人でない様に振舞う滑稽さ程、面白いものは無いんだ。
例えどんなに非難しようと、僕は君とこの世界さえ欺いてみせるよ。
8話後。特派がナンバーズで構成されている設定で。
とってもロイド→セシル→スザク風味。
8話で実は良い人説が持ち上がっているロイドですが、
あえて良い人じゃない様にしてる方が色々楽だからとそうしていたら良いなと思って書いてみました。