言葉遊びという名の戯れ

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……正直僕はさぁ、『ナイトメアフレーム』の研究にしか興味がないんだよね。それ以外はあんまりなぁ〜。」

 

 

白衣を纏った細身の男――ブリタニア軍、特派の一員であるロイド・アスプルンドは単調な口調で呟いた。

 

彼がいる研究室は静まり返るばかりで、呟きには誰も答えない。
そんな静かな部屋の片隅のデスクで作業を繰り返ししていたのだが、どことなく行き詰まりを感じて、今は椅子から出た長い足をぶらつかせていた。

 

 

「あ、でもさ。君とスザク君は別かな?僕の中では、実に二人ともとっても興味深ぁい人間だよ。」

 

 

誰かが聞いていると解っているかの様にポケットに両手を入れ、ロイドは言葉を続けた。

すると、後ろの方でPCと向き合い作業していた青紫色の髪の女性が振り返る。

 

「ロイドさん。また言葉遊びですか?」

 

『君』と自分を普段から形容する名前を呼ばれ、ロイドの助手――セシル・クルーミーは本当にそうであるのか理解しかねる言葉をどうにか拾い上げた。

「また」というのも以前、『柩木スザク』という少年が処刑されそうな中、ロイドが茶化しているのか分からない態度で「それって、人道主義?博愛主義?」とセシルに問いかけたからだった。
セシルからしてみれば、からかいを含んだ言葉だと感じられるものであったが、それは関心の範囲が狭い分、興味が向いた事柄ならばどうあっても知りたいという男の癖に過ぎなかった事が判明した。
今も本人が自分たちに興味があるとは言ったが、誠にそうであるかはセシルには判断できなかった。

 

 

「んんー、もしや今の聞かれちゃった?」

「ええ、すぐ近くに居たので。」

 

 

ロイドは唐突にこういった『言葉遊び』で暇を潰す事が多い。
傍から見れば知的好奇心を満たす事だけを目的としたそれに、セシルは呆れながらも毎度丁寧に返事をしていた。
こうもそれを難なく成せるのはこの真面目な助手である彼女にしか出来ないと、周囲の人間には言われるくらいに。
セシルが暇潰しに付き合ってくれると踏んだのか、体勢を崩しロイドはここぞとばかりにううーんと背を伸ばす。

 

 

「いやね、ちょっと考え事してたんだよねぇー。これはその息抜き。」

 

 

椅子の背もたれに寄り掛かり、空を仰ぎ見る様な状態で満面の笑みを称えロイドは答えた。

 

 

「珈琲でもいりますか?」

 

 

セシルは上司であるロイドを気遣って尋ねる。
ロイドは身体をくるりと回し背も垂れを前にしてから、その問いに答えようと彼女の方へ顔を向ける。

 

 

「ううん、要らないよ。気ぃ遣わせて悪いねぇ〜。」

「欲しい時は遠慮なくおっしゃって下さい、すぐ淹れますから。」

 

 

そう言ってから、セシルは途中で止めた作業を再開するべく机と向き合った。
セシル以外の人間であれば、馬鹿にされたと受け止められるロイドのセリフも彼女は大して気にしない。
これが日常茶飯事であるし、ロイドもそう返すと分かっていて言っている節があったからだ。

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

しかし、作業を再開し始めたセシルは自分の背後から並々ならぬ視線を感じた。
息抜きし足りないのだろうかと再度ロイドの方を向いてみる。そこには観察するかの様にじっと動かない人がいる。

 

 

「……どうかしましたか?」

「あれ、気付いた?君を見てたの。」

「はい。」

「素直だよね、君も。」

「いえ、そんな。」

 

 

ロイドは側に来いという意味でちょいちょいと人指し指で合図した。
セシルはすぐさま足で椅子ごと滑らせる。

 

 

「じゃあ、ご褒美がいるかな?優秀な君のおかげで僕、いっつも助かってるしね。」

 

 

近くに寄ってきた助手にロイドは楽しそうに笑うと、元から細い目を益々細くさせた。

 

 

「ええと、それは……私がそうする役目を担っていて、やっているんです。だから、お礼なんてものは要りません。」

「お堅いなぁ〜、遠慮は時に失礼に当たるって知ってる?」

 

 

笑顔でも咎める口調のロイド。
セシルは明らかに恐怖を感じ得ないその笑顔に只ならぬ意図を感じた。

 

 

「そんなつもりじゃあ…!」

 

 

研究者としては尊敬しているが、この人なりを理解するにはまだ技量が及ばないのだろうか。
それとも彼の思考は考えている以上に理解しがたいものなのか。
セシルは頭の思考回路を総動員してみたが、今の混乱状態でその答えを導くのは無理に近かった。

 

 

「じゃっ!受け取ってくれるかな?」

 

失礼に当たる事をしてしまったのかと困り顔になったセシルをよそに、やけに嬉しそうな声をしてロイドが両手を広げた。

 

「え、ですから――」

 

 

最後まで言い切られない内にロイドはその細い首に両腕を回して、彼女の体を椅子ごと自分側に引き寄せた。
女性特有の柔らかな優しい感触が腕に触れる。

 

「ほぉーんと、君は最高の助手だよ。」

 

事実、間違いは無い。
ロイドにとってセシルは最高の部下だ。
気が弱いが真面目で、指示には迅速に対応し、素直で飲み込みも早い。
出会って以来、彼女以上の逸材は他にいないとロイドは思っている。
全く人というものに興味がない男にとって、セシルは辛うじて興味がある人間の一人でもあったのだ。

 

 

「ろ、ロイドさん。」

「んー、なにかなぁ?」

 

 

僅かに上ずった声で名前を呼ぶセシルの華奢な肩に顎を乗せ、ロイドは間延びした声で答えた。
一方のセシルは突然の出来事に頭が回らないのか、彼の名前を呼ぶのが精一杯で、顔はみるみる内に赤く染まっている。

 

「なにかなぁ?じゃありません。離して下さい!」

 

しっかと後ろからロイドに抱き締められ、セシルは慌てた。
確かな息遣いが感じられる距離に顔があり、首の辺りがくすぐったい。
恥ずかしさで今なら倒れてしまいそうだ。ともかく離してもらわなくてはと、ロイドの腕を引っ張った。

 

 

「言葉遊びなら構いませんが、私でこんな風に遊ぶのは止して下さい。」

「心外だなぁ、僕なりに敬意を示したんだけど。」

「と、とにかくもう止めて下さい。」

「ねぇ、それって僕の事否定してるの?それとも肯定?」

「違います。どっちでもありません!」

 

 

お得意の言葉遊びに、いつもなら冷静に流していたセシルは、今回ばかりは感情的になってしまい半ば叫んでしまった。
叫ばれた本人は相変わらずにこにこと崩れない笑みを浮かべており、開放する気配はない。

 

 

「あ……すみません、叫んでしまって。」

 

 

我に返り、沈んだ表情でセシルはロイドの方に目を泳がせた。

 

 

「良いよ良いよ、気にしてないから。ね、ところでご褒美になった?」

「あの、……有難う御座いました。」

「どぉーいたしまして。」

 

 

どうにも不本意なご褒美ではあったが、お礼を言わないという選択肢は無さそうで。
期待が込められた眼差しに見つめられ、セシルは観念した様子でお礼を述べた。

 

「で、本当に離してくれませんか?作業を再開しないと。」

「あはっ。まだ離したくはないんだよねぇ、僕。君、結構触り心地良いし。」

「冗談も程ほどにして下さい……もう。」

 

 

意図せず投げかけた台詞は、思いのほかセシルをまた呆れさせるには効果覿面だった。
その所為でロイドの腕を引っ張る手が緩んだのは気のせいではないだろう。

 

 

「本気じゃないと駄目な訳?」

「……そんな質問、ずるいじゃないですか。」

 

 

ロイドはからかうつもりはなかったが、仮にも男性である自分にあまり警戒心を抱いていない上に、あまりにも彼女が無防備だったので、少しいたずら心を働かせた。
両腕で気づかれない程度に抱き締め直す。
下手したらくしゃりと壊れそうな細い体だとロイドは思った。

 

 

(本当に優しすぎるんだよ、君は。)

 

 

その特性が彼女という人間を作り上げている一部であるのも事実だが、同時にロイドには不可解な事でもあった。
厳しい規律で雁字搦めの軍隊で、優しさは逆手に取られる元となり、足元をすくわれる原因となり兼ねない。
今までどうやってこの軍隊の中を生き残ってきたのか不思議になるほど、彼女は穏やかで優しい。
軍を後方から支える技術部は前線に出る事は少ないとは言え、稀に命が晒される危険に遭遇するケースもある。
遅かれ早かれ軍を抜ける羽目になるかと予想を踏んだが、彼女はそれを上回り、耐えきった。

 

――驚きを隠せなかった。

そんな女性を見た覚えは今まで無かった上、自分の部下になるほど聡明な人間なんてどこにいるのだろうか。
まぁ、それじゃ好奇心は全然満足しないんだけどもね。という邪推な考えは心の中だけに閉まっておく事にロイドはした。

 

「ええ。じゃあ…もう少しだけ。気が済んだら離して下さいね、ロイドさん。」

「はぁ〜い。」

 

 

納得しきれずも妥協したセシルがそう宣告した。

 

 

(あったかい。)

 

ふと、腕から伝わる温かさに改めて、彼にも体温があるんだとセシルは実感した。
普段から飄々として、口元は笑っていても時に人としては残酷過ぎる言葉を平気で彼は言ってのける。
そんな彼だから周りの人間同様、セシルもロイドに関しては人ではない感覚を持った人間か何かで、その言動は研究の事しか頭に無いからだと思い込んでいた。
実際はこうして人の温かさを彼は持っていたが。
その紛れもない温度に少しだけセシルは安堵を覚えた。

 

「ん、君も考え事?」

 

 

何やら考え込むセシルの顔をロイドは覗き込んだ。
薄い色素の碧眼が透き通る様な青い目と視線がかち合う。

 

 

「――きゃっ!」

「うわ。痛いなぁ、それ。」

「いいえ、痛くても我慢して下さい!これだけはどうあれ遠慮出来ませんっ。」

 

 

顔を不用意に近づけられ驚いたセシルがロイドの顔面を手で押さえつけた。
ぐぐっと鼻の辺りを押され、ロイドは痛がった。

 

 

「はーい、ご褒美はお終い。さ、研究しようか。」

 

 

これ以上は埒が明かないと判断して両手と共にセシルをようやく開放する。

 

 

「ロイドさん。……今度からはご褒美は遠慮します。」

「あははは〜、気が向けば肝に銘じておくよ。」

 

 

くるりと身を翻し、自分のデスクへと戻っていく彼を見て、セシルもようやく安心してデスクへと向き合った。
再び静けさを取り戻した研究室でカタカタとキーを打つ音だけが響く。

 

「うんうん。これはまだまだ研究のし甲斐が有りそうだよねぇー。」

 

 

あえて聞こえる程度の声でデスクに向かっていたロイドは頷く。

頑なに見える真面目さの反面で柔軟な考えを持った彼女はとても興味深い。
自分とはまた違った存在。
その言動・行動の一つ一つがロイドにとっては観察し甲斐がある。
純粋に知りたいという好奇心だけの認識かもしれない。
どちらにしろセシルに関する興味が尽きる予定は彼の中には無かった。

 

 

「何がですか?」

 

 

その思惑を知るはずもない助手は、独り言の様な呟きにまたもや首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だかんだで変人過ぎる上司のロイドには敵わない気弱な助手のセシルさん。 でも、あしらえるのは彼女しかいないんではと妄想です。 思ったよりラブいじゃれあいになってしまい反省。 初ロイセシ?と言えるか微妙さ加減ですが、いつもロイドの 言葉遊びにつき合わされているセシルさんであれば良いなと思います。

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