兄さんの影武者を勤めるのはこの人物以外に適任はいない。
ううん、他に適任者が望めない状況だったと僕は思いたい――篠崎咲世子にいくら「兄さんはそんな事しない」と訴えてみても駄目だった。話は聞いてくれるものの全く湾曲した方向で理解されてしまった。
「問題ありません。全て私がこなせる範疇でやらせて頂いておりますから。ルルーシュ様ご本人にご負担を掛けることはございません。」
毎回、にこりと有無を言わせない笑みで返される。僕が本来守るのは兄さんで、咲世子ではないのに守らなくてはならない。今の咲世子は兄さんに成り済ましているからだ。とはいえ、本人の人間性を疑われるような行動は慎んで欲しい。
「だからって……友達でもない人からも好かれる様な真似なんかする必要ないじゃないか。優しすぎるどころか最悪、兄さんは偽善者扱いになるし。だいたい咲世子も分からない?」
「何故そうおっしゃるのですか?」
「当たり前だよ。他人に愛想振りまいてたら身が持たないし、面倒だし。」
「では――ロロ様は私がお嫌いでしょうか?」
「え、えっ……な、何?急に!」
「ふふっ、すみません。決して困らせたい訳ではなかったのですが。ただお答えして下さらないのは、違うと受け取って宜しいのでしょうか?」
「さ…咲世子が勝手に言い出した事じゃないか…!だいたい君はランペルージ家に使える世話係なんだから、主人に好かれてるとかどうとか……気にする立場じゃないと思うんだけど?」
「そうですね、失礼致しました。今のは忘れて下さいませ。」
咲世子ほどの忠実さを持つ者が主人の愛情を気にするなんて珍しいこともあるんだなと不思議に思った。ましてや僕は偽の弟役に過ぎないし、厳密にいうなればランペルージ家の人間ではないから。本当なら仕えてもらう理由はないのだ。
「…………はぁ」
「どうか致しましたか?」
「……何でもない。言われなくても忘れるから。咲世子は兄さんだけを守ればそれで良いよ。」
「もちろん心得ております。ですが、お守りしなくてはならないのはロロ様もですよ。」
「えっ……なんで?」
「ロロ様は大事なランペルージ家のご子息です。」
たぶん酷く間の抜けた顔をしていたんだと思う。口から言葉が出てこない。長年仕えている主の記憶を欺く為に用意された僕を咲世子は静かに認めたのだ。
「……偽者と知ってて言うなんて……皮肉のつもり?」
俯いて呟いた。
「顔を上げて下さいませ、ロロ様。」
ふわりと整えられた指が僕の頬を包む。その手は主を守る為に酷使されただろうに艶やかだ。
「……許可なしに触らないでよ」
「申し訳ございません。ですが、今の貴方様にはこうしなければいけない気が致しましたので」
「触ったからって、僕の何が分かるの?」
どうして放っておいてくれないんだろうか、咲世子は。兄さん以外を僕は愛したくないし、愛されたくないのだ。この人に慕われたって何の意味を持たない。ただの他人だ。
「確かに分かりませんね。唯一、貴方様がここにいらっしゃる事だけは分かりますが。」
真剣な顔して何て嘘を吐くのか。それを嘘じゃないと誰が証明出来る?
「咲世子」
「はい。」
「……咲世子は僕が嫌いでしょ?」
探る様な声音で恐る恐る聞いた。人に嫌われる、疎まれることに慣れていたはずなのに、僕は咲世子の気持ちがほんの少しだけ気になった。
「いいえ。」
風に乗って柔らかな和音が耳に届いた。僕は聞き入れてしまった。
「嘘だ……咲世子の主であるナナリーの居場所を取ったのは僕なのに…っ」
「貴方様はルルーシュ様の弟で、機密情報局の一員であり私の上司。それは揺るぎない事実ですよ。」
「なんで。馬鹿だよ…僕なんかいなくても…!」
泣きたい様なやるせない怒りの様な炎が心に生まれてはかき消える。握り締めた指が手のひらに食い込む痛みすら感じないくらいに。
「僕は兄さん以外要らないんだ」
「承知しております。」
「その他の人なんて……どうでもいいよ」
「存じ上げております。」
「だから、咲世子も――」
何故かどうでもいいと言えなかった。何も恐れる必要がないのに。
「はい……認知しております。」
一瞬悲しみがちらりと覗いた顔に苛ついた。
何だ。
何で。
僕に向けて苦い表情をする必要があるの?
僕は咲世子を側へ無理やり引き寄せた。意外とか細い体はいともたやすく腕に収まって、僕はその胸に顔を寄せた。柔らかく温かい体温が染み込んでくる。だって不可抗力だ。こうしなくては自身の何かが壊されてしまうと反射的に判断しただけで。他に理由なんかないのだ。
「ロロ……様?」
おそらく不可解な顔をしてすがりつく僕を見下ろしているに違いない声が聞こえる。抵抗を踏まえて、捕まえた体をきつく縛る様に力を強めた。憎しみとは程遠いものに気付いちゃいけないんだ。
「……どうせ酷い奴だって思ってるんでしょ?」
「いいえ。……頼って頂けて嬉しいのです。」
咲世子は逃げもせず、僕の後頭部を穏やかに撫でた。母親がいたらこういう感じなものだろうかと頭の片隅で僕は考えた。まるで小さな子供になった気分で。
「お慕いしておりますから。」
「違う。惨めな僕に同情してる……それだけだよ。咲世子は」
「いいえ、私は――」
「もう黙っててよ」
ぎゅうとやわらかな体を独り占めしてしまえば、僕の中の安定は保たれるから。息が詰まりそうなくらい抱き締めて、どこへも行けないように。
綺麗なだけの夢なら覚めてほしいよ
本性丸出しでどこか男らしい雰囲気の暗殺者なロロが書きたかったのに……あえなく撃沈。 ロロが亡くなるまで咲世子とのコンビは鉄板だろうと思い込んでいた時期の文章