例えば彼というヒトを表す言葉を並べたら、
殺人狂
はみ出し者
女好き
人非人
おおよそマイナスになる単語が浮かぶ。あげくには
『ブリタニアの吸血鬼』
人間として最低な二つ名。誰かの命を奪い取るのが日課なあの人にとってはある意味功績を称えられている証拠かもしれないけれど。
「これはこれは、クルシェフスキー卿。ご機嫌いかがかな?」
「何かしら?……ナイトオブテン」
長い廊下に伸びる赤い絨毯の上を歩いていたのを呼び止められる。ラウンズ専用の宿舎。偶然を装うのが当たり前でさも怪しい人物がそこにいた。逆立ったメッシュが入ったオレンジ色の頭髪が目に痛い。歪み笑う口から覗く牙の様な白い歯が、いかにも獲物を襲いそうな獰猛さを醸し出している。この男を名前で呼んだ事はない。他のラウンズが呼んでいても、(主に愚行を諌めるという理由で)私は決して呼びはしなかった。並々ならぬ嫌悪感と底知れない不信感を感じる人物の名を口にする。それこそ一介の騎士として大変なる不名誉だ。皇帝に仕える者同士で、忠義を誓っているのかいないのかは別にしても。
「大した用じゃない。少し聞きたいんだが」
「ええ、余程大事な用事ならば。」
聞き入れもしたくない話題を振られる前に断ち切る回答を送る。この男に捕まったら、それこそ血を吸われるだけでは済まないような気がする。途端に紳士の面を張り付けていた顔に獣の目が光り始めた。
「ほお…毎回しらばっくれる物言いは聞き捨てならないもんだ。まぁ、アンタ相手に可愛いと思った大半の男はがっかりさせられる訳だろうが」
「あら?女性を見慣れている貴方に褒めてもらえるなんて光栄ね。」
「光栄、だとは。それが可愛くないと言っているのにか。」
「そう?貴方程じゃないわよ」
二・三歩、こちらに近付いて来る。値踏みする様に一瞥される。明らかに目を付けられた。恐怖に足が竦めばどんなに楽かしら。もし隙を見せたら、たちまち喉元を掻き切られてしまいそうだ。
「本当にアンタって女はイライラする。正直気に食わない。会った時から得体が知れない綺麗な面して……一体何がしたいのかまるで読めないないな。」
「そう思われる方が少なくとも私は有難いわね」
「ハン…怖気づくくらいの可愛げがあれば、手に掛けてやっても良かっただろうに。」
「それこそ笑えない冗談でしょう。」
「そうさ、笑えない冗談だ。クルシェフスキー卿」
更に縮まる距離感に警戒を深める。後ろへ下がれば背中に冷たい壁が当たった。逃げ場を失ったと気付けば、額に冷や汗が流れる。危機的状況をどう切り抜けるべきか考えていたら、そっと腕を掴まれた。
「結局……用は何?」
「良いから、黙ってな。」
「煩くしたつもりなんかないわよ。だから、離してくれない?ナイトオブテン。」
「……本当に煩い女だな、アンタ。」
目を細めて至極愉快だといった表情で彼は私を見た。顔がとても近い。片腕は拘束されたまま。大きな影が私を覆う。これから起こることは簡単に予想が付いた。
「止め……!……っ……て」
唇に軽く触れてきた温度が眩暈がする程恨めしい。酷く不快な感触はすぐに離れていった。顔の表面が熱さを持ったことがやるせなくて仕方ない。
「おいおい、抵抗しないのか?……へぇ」
二人きりで罵り合う度に脈絡なしに黙って、彼は私に口付けしてきた。事前に好きだとか愛してるとも言わないのだから、一般的に甘い意味の行為ではないのだろう。遊びなら尚更頭に来るはずなのに、いつの間にか抗わずに受け入れてしまっていた。いいえ、最初は抵抗した。ただ頬をぶっても反撃しないものだから、拍子抜けして何も言えなくなった。一体何がしたいのかと問い掛けたこともある。しかし、彼は毎回僅かに苦い顔をして、「失礼」と去ってゆくだけだった。何度その背中を睨んだのか。 単なる気紛れだと諦めていたのかもしれない。コクピットで押し倒されて強引な手段でされることもあったというのに。だからといって、次の日から恋人ぶる訳でもなく、それ以上の行為を迫る訳でもなく。会う度にただ口付けを落としてくるだけだった。
短気で残忍なこの男にしては嫌に紳士的で――どこか拠り所のない。
「どうにでも解釈したら良いでしょ。」
「ふむ。平手打ちくらいやらしてやっても良いぜ?」
「……したくもないわ」
「頭にきちまってるなら、どうぞご自由に。……なァ?」
憎たらしい頬めがけ手を振り上げる構えを取る。が、彼は憶した風もなく私を見下ろすものだから呆れるしかなかった。急に気力を失い、手持ちぶさたになってしまった腕は、仕方なくゆるやかに落ちてゆく。自分の気持ちがよく理解出来ないなんて。ああ、ついに私もおかしくなったのかしら?
「なるほど。」
「……理解不能だわ、貴方って。」
「ああ、アンタもとんだ期待外れだ。」
「なら。愚鈍な貴方にはこれも理解できないでしょうね」
「はァっ?何言って――」
相手がどんなに危険な男だろうがやられっぱなしなのは、癪に障った。ただそれだけの事。
「なん、……まてっ……おい!」
訝しげに眉根を寄せた彼の顎を引き寄せ、少し乱暴に乾いた唇に私のを重ねる。ほんの数秒静寂が流れた。この男の余分な言葉は私が奪い去ったという優越感がただそこにあった。咄嗟にその手が握ったナイフは意味をなさない。彼の手は動かないまま固まった状態なのだから。
「血の味、しないわね……?」
「……する訳ねぇだろ。アンタ、馬鹿か?」
驚いた様な呆れた様な狼狽してうわずった声。まさかこの人から隙を奪えるなんて思わず私も内心驚く。
「さすがの吸血鬼さんも不意打ちに弱かったのね……意外だわ。」
「何を言い出すかと思えば。強引なのが好みとはいささか趣味が悪いな。」
「まさか。貴方と同じにしないで。」
「ああ、決めた。いつか手に掛けてやろう。モニカ・クルシェフスキー卿。」
女性に囁く台詞にしては不似合いな言葉。いいえ、これは牽制を交えた戦線布告かしら。
「嫌よ。その手に掛かるなんてお断り。」
どうせなら、いつからか存在する心の疼きを消してくれれば良かった
触れてはならない未知の破片を。
「その時こそ、貴方の命を失う事になるわ。――ルキアーノ・ブラッドリー。」
もう後戻り出来ない所まで足を踏み入れてしまったから
この先は私だけが知っている――
たぶんルキアーノはクルシェフスキー卿かトゥエルブ呼び。 モニカはテンとしか言わないと予想。 普段は殺伐と静かに相手を罵りあってるけど 、(他の皆からしたら モニカが一方的につっかかれているようしか見えないとか。 それでルキアーノは肩身狭い立場に追い込まれる) 裏では立場逆転してそうな。 何故か女の子に翻弄される殺人狂の男。それにしてもモニカのキャラがいまいち分かりません。