温かで 確かなモノなど わたしたち 知る必要がないと思っていたの
「アーニャの手はホントちっこいなぁ。」
ぽつり。
改めて認識したような呟き。
閑静な庭園のテラスで、足を伸ばし音の発信源となった人を横目で見る。灰色の石達で出来た床と壁。それが肌に触れる度冷たく、ひやりと心地いい。忙しい合間を縫ってここへ私は来た。
ひとりきりになれるお気に入りの場所。
なんとなく爪に色をつけたい気分になって、マニキュアの瓶まで持って。
けれど、今日は二人になってしまった。
というのも、同じラウンズのこの人がどこからともなく現れて一言、「ここ、居ても良いか?」と聞いてきたから。
ジノ・ヴァインベルグはナイトオブスリー。
シックスの私より、強い騎士。
断っても彼の都合の良い耳は聞きながすだろうと無言でうなづく。そして、ジノは私の隣に座り込む。ここと隣は違うのだと訂正する暇もなく、至極当然に。すぐにだらしなく投げ出された両足は、悔しいくらいにすらりと長かった。どうせ昼寝する場所を求めて来たんだろう、このひとは。
「ジノの手、広くて大きすぎる。私は普通。」
「そうかぁ?男子なら標準的だろ。」
結んでみたり、開いてみたり。グーとパーを繰りしながら、その大きな手は一定のリズムを刻む。
ぎゅっ。ばっ。
ひらいて、とじて。
その手の平に違う人間の手を乗せたまま動く手。今、私の左手は彼の右手の中。右手には小瓶。ゆらゆらと液体が所在なく揺れている。ジノは接触を図りたがる癖がある。煩わしくて「離して」と拒否したところで「なんだよ、冷たいなぁ」と緩やかに非難されるのが常だった。だから、放っておいて飽きるのを待つ方が、最も労力を使わない。何が楽しいのかと聞いてみてもいいけど、それも面倒だった。
「んん。なんだコレ?」
ふと、ジノの視線があるもので止まった。それに習って、視線をそちらに移動させる。
「アーニャ、これ何。」
「マニキュア。」
普段とは異なる爪の変化に気付かれた。掴んでいた指をジノは一本一本見回す。
人一倍知りたがりなのに知らないなんて。
こちらが教えるまでもないけれど、『貴族』はこういった身を着飾ることに詳しい人達だとおもった。ラウンズの任務で貴族達のバーティへと警備しに行ったときも揃って女性達が皆、マニキュアを付けた爪をしていて、ダンスに興じていた。彼もそれを見たはず。
「……しらないの?」
「初めて見たぞ。」
そういう女の子のお洒落には疎いのかもしれない。詳しいからどうしたという訳でもないけど。貴族的振る舞いを教え込まれた育ちの良いこのひとにしては珍しい。
「ほー、爪に色を付けられるのか。面白いな!キラキラして綺麗だし。」
「ジノも、付ける?」
聞いてみるだけ。と思った頃には、後戻り出来ない事を告げてしまった後で。後の祭り。前にも確か、ささやかに提言をして、要らない面倒を受け持つ羽目になったのに。溢れだす好奇心に負けてしまった。何度目かわからない。
「おっ!アーニャが付けてくれるのか?」
悪いけど頼むな!、と先手を打たれて、そういう訳じゃ……ない、という言葉が飲み込まれる。いつの間にか彼の中では『私が付けてくれる』と既に確定しているようで。期待に満ちた蒼い空色の瞳は、待てをご主人様にされた犬みたいに輝く。
「つけるから。手、出して。」
「へぇ〜……さすがにうまいもんだ。」
「動かない。爪からはみ出る。」
「はいはい。終わるまで動かないって。」
と言う割には、私が作業に集中しているのを良いことに、頭を片手で撫でてみたり、髪を梳いたり。
ぱしゃり
「きろく」
「うお、俺の爪もツヤツヤになったぞ。アーニャ、ありがとうな!」
これでお揃いだ、と言って、ジノは足を組んではしゃいだ。屈託無く笑う姿はとてもラウンズに居るひとと思えない。その事実すら忘れさせてしまうくらいに。
「なんていうか、さぁ。」
手を空に翳して、塗り終えたばかりの爪を彼はまじまじと観察していた。太陽の光が当たる度にキラキラとラメが反射する。
可愛いピンク色。
れっきとした男の人にこの色。
ジノは別段気にしなかった。ましてや嬉しそうにくしゃりと笑うので、今しがた収めたばかりの写真をチェックする。
「この色、すごくアーニャに似合ってるよな。」
色付いたばかりの指をみやる。
「面白いくらい似合わない。」
「お世辞くらい言えよ。俺には、可愛すぎるからとか。」
「……ありがと」
ワンテンポ遅れてさっきのお礼。
ジノのきょとんとした顔が見えた。大きく骨張った手には似合わない色彩が眩しく光る。
私の色でさえも貴方にも似合えばいいのにと、密かに願掛けした。
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ジノはダンスの仕方は知っていても、化粧やドレスの仕立て
とか細かい事は知る必要もなかったとか。
アーニャは女の子らしくしたいのいうのが無意識にあったりするので、
特に女の子扱いされたい訳じゃないとか。
ともかくそれとなくだらける二人は絶対可愛い。
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