白く甘く緩やかな

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

『ジノ・ヴァインベルグ』という人間はいつも唐突だ。

 

いつだって彼は他人の都合を押し退けて、どんどん話しかけて来る。アーニャはその青年の透き通った青い瞳を見ずにいたら幸せだったのだろうか。

 

 

ラウンズに所属する同僚とは言え、あくまで他人だ。友達でも親戚でも家族でもなく、血の繋がりも何もない。他のメンバー以上に構われる理由がこれぽっちも見当たらないというのに、アーニャはいつの間にやらジノと一緒にいる方が多くなってしまった。単独任務以外なら、コンビを組むことは今更珍しくもない。皆のまとめ役であるナイトオブワン曰く、『お前たち二人はパワーバランスが良いみたいだな』と頷いていた。それ抜きにしても、最初は年が近い自分がいて仲良くなりたいが為の行為と思ったのだ。周りには年が離れた大人ばかり居たせいもあり、アーニャ自身も悪い気はしなかった。

 

ところが、日に日にその気軽さが身体を浸食するのをアーニャは不快に感じるようになった。それが純粋に偏見のない(貴族の人間にしては奇特な)ジノという人のコミュニケーションだと知ってはいても、過度の干渉を好まない少女にとってはとても煩わしいことだった。いや、『とても』どころではなく『かなり』避けたいものだ。慣れたとしても諦められるレベルの話ではなく。それを知ってか知らずか、関わりは増えてその度にアーニャの堅くな何かを崩し始めた。

 

今にしても、人が休息がてらにココアをすすっていたところへ来て、何を思ったのかジノは口を塞いだのだ。彼の口でアーニャの口を。いわゆる口付けをされた――と気付いたのはつい先程で。唖然として大事にしている携帯まで取り落としたのにもアーニャは気づけなかった。

 

ジノはいつも唐突。……だから、わかんない。

 

このラウンジは、今でこそアーニャとジノしかいないものの(誰もいないのを見計らってというの可能性もあるが)、私室ではなくれっきとしたラウンズのメンバー憩いの場所だ。誰か来たらどう弁明するのか。私たちみたいな戦闘部隊に必要なことか。『迷惑』という文字はこの人の頭には存在しないのか。迷わず神経を疑うレベルだ。アーニャはもやもやと苛立ちながら、努めて無感情に問い掛けた。

 

「何……ジノ。」

「なんかしたかった。そんだけ。」

 

ゆっくりと離れた口から紡ぎ出されたのは、実に簡潔で曖昧な答え。無表情で見ているアーニャを前に、煩わしさを起こした本人であるジノは事もなさげに平然としていた。屈んだ体勢のまま腰に手を当て、アーニャを見つめる。きらきらと空に似た瞳を輝かせて。どうやら今の行動に対する反応を待っているらしい。

 

「ふぅん……。」

「おいおい、女の子なら少しは気にしろよ。」

「しない。ジノ相手にそんなの面倒。」

 

ジノとの会話を断ち切って、早々に忘れられるようにアーニャは落とした携帯を拾った。こぼれるのを免れたココアの入ったマグカップは机へ置く。そうして、目の前の青年を無視して更新を再開する為にキーを打つことに専念した。何だか触れてもらってとても安堵したのは気のせいだと、すぐでもアーニャは思い込みたかった。言い様のない不愉快な気持ちばかりが頭を胸を身体全部を蝕んでゆく。ましてや、脳は確実に危険だと警告のシグナルを発している。はやく、はやくわすれなくては。

 

「アーニャ。」

「なに。」

 

冷ややかな声と携帯から移らない目線。待ちくたびれて名前を呼ぶことにしたジノだったが、考えていたより無反応なそしていつも通りのアーニャに肩をがくりと落とす。結構本気で頑張った俺は何だったんだ?と、うなだれた。

 

「『面倒』という言葉で片付くもんなのか?……さすがに辛いなあ、それは。」

「だって。してきたのはそっち。」

「そう怖い顔するなって。悪かったよ、ごめん!」

 

明るく済まなそうに謝るジノを見て、アーニャは更につんと苛立ちの波が立つのが分かった。謝るくらいなら軽々しくしてこないで欲しい。好きでもないなら尚更だ。

 

「あ……こら!また携帯を。人の話は最後まで聞くもんだぞ。」

「始めから聞いてない。」

「そうだな、それは俺も聞いてないよ。」

「……ジノ。あっちいってて。」

 

ついでに「私に構わないで」ともアーニャは告げたかったが、それは彼の性格を考えたら無理に等しいだろう。一時的に引き離すことが出来ればそれで良いと妥協する。なのに、ジノはまたもアーニャにとって問題ある台詞を吐いた。

「なっ、もう一回はあり?」

「……なし。」

「そう言われたらどうしようもないだろ。なんでよ?」

 

さっきのさっきまでしていた会話で汲み取れた原因を思い浮かべる。ジノにとっては急ぎはしていなかったが、彼女からしては急だったということ。もしくは彼女だけの時間を邪魔したこと。

 

「別に……駄目なものは駄目。」

「ふーん、アーニャにそうしたいって思った俺は間違ってないからな。」

 

間違ってない……なにが?

 

わかんない。

 

殊更頭をこんがらす言葉にアーニャは首を傾げる。ジノと何か約束した訳でもない、そういった関係なのかも曖昧な自分に確固たる理由があるとは、到底思い付かない。

 

「ジノ。」

「ん?」

「どっか、行って」

「嫌だ。いくらアーニャでも絶対譲らない。」

「……しらない。」

 

 

「なあ、アーニャー……」

 

くぅ〜んと犬が鳴きそうな声でジノは食い下がった。決して意地になってる訳ではない。自分にとって重要なことがアーニャはそうでもないのかどうか少し試してみたかったのだ。しかしチャンスが巡ってきた今、この方法以外思いつかず、気づけば衝動に従うという本能染みた行動になる始末だった。

 

やっぱり、手握るとか。頬にするとかすれば良かったのか……そうだよなあ、きっと。

ジノは論点のずれた考えを展開させつつ、めげずに目の前の少女を呼んだ。

 

「アーニャ〜…………お?」

 

鳴き声に観念してしまったかのようにアーニャが急に立ち上がる。ジノは近づいてくる彼女が自分を無視して扉の方に行くと思って、特に動くこともせずしゃがんだままでいた。どうせさっきのことを怒っているんだろう。ところが、彼女は扉へ向かわずジノの前で留まった。

 

「……なるほど、俺に言いたいことがおありですか。」

 

「言いたいことなんかない。」

 

容赦ない少女の言葉にやれやれとジノは肩をすくめた。勿論嘘なのは彼も見透かしていたし、アーニャ自身も分かっていた。言いたいことは山ほどあったが、おおきな飼い犬みたいに鳴かないでと咎めるのも馬鹿らしくなってしまっただけで。うるさい時は実力行使がするべきだという判断に至り、アーニャは自分よりも随分大きいジノの頭をしっかりと正面から抱え込んだ。こうすれば少しは黙ってくれるだろうか。先が跳ねている金色の毛が小さななほっそりとした腕に収まらずにところどころ飛び出る。頬に当たるやわらかな感触。タオルみたいにとてもきもちいい。アーニャは暫くその柔らかな髪の毛を撫でつけた。頭を抱え込まれた彼は考えることを止めてしまったかの様に動けなかった。慌てて動けばきっと彼女の顎に頭をぶつけるとの想定が出来ていたからもしれないが、それ以外の動けない原因があった。ジノはアーニャの身体のやわらかさに呆気に取られていたのだった。


「おしまい」

 

 

もうしないでと忠告を付け加え、アーニャは背を向け、ふかふかのソファーに沈み込んだ。あまりの驚きにジノは頬を人差し指で掻く。

 

「……そんなの、あり?」

 

四つ下の彼女はジノを時折さっぱりとあしらう。それだけこちらの人なりを理解してくれているんだろうと、自惚れたくなるくらいに。普段は諭す側なだけに、青年にとっては僅かで緩やかな変化が嬉しかったのだ。仕掛けた自分がまるで道化者になっている。ジノはアーニャのふわふわな桃色の髪を摘んだ。訊いたら今度こそ、揺らいでくれるだろうか。

 

 

 

 

 

今更、無視出来る様な関係じゃないって知ってたか? と。

 

 




 

 

 

 

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ジノの口調についてはアーニャの前だと一人称「俺」なのか
「私」なのかわかんないので、
くだけている方推奨で「俺」採用しました。

 

 

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