●シャーネ+フィーロ視点
「お……」
「!」
「アンタ、クレアの……えーと。」
艶やかな黒髪に鋭い金色の眼、黒いロングスカートのドレス。一際目立つ色の服装と異質な雰囲気。いつだか幼馴染やリーザが話して居た人物と頭の中で合致した。――リーザの姉でもあり、ヒューイ・ラフォレットの娘――シャーネ。
眼の色といい容姿まで何から何までそっくりで。ただあいつ等よりは幾らか話を聞いてはくれそうなおとなしさがあった。あくまで勘に頼ったらの話だけど。
――うーん……ラッドの奴は戦った事があってリーザより強いって言ってた様な……もし本当なら、歯向かっても俺が勝てる相手じゃないよな。
ラッドと渡り合える奴なんて同じく狂った様に強いアイツぐらいしかいなんじゃないか。かつてシャーネというこの女性が『葡萄酒』であるクレアを利用して、父親であるらしいヒューイを脱獄させたいのかと俺は考えていた。が、解放された後にガンドールの兄弟から聞く限りでは付き従っている気配はなかった。そもそも配下なら奴の目を奪った時点で俺自身を付け狙うか、クレアを差し向けるくらいはされているだろう。
――ま、結婚したいって言ったのアイツかららしいし。……その線は薄いと見て平気だろ。今んとこは。
とてつもなく我が儘で他の誰も敵わないであろう幼馴染については俺が知る得る限り、利用されてやろうという事はあっても利用されているのはまずない。 渦中の彼女はというとクレアを知ってはいても、俺を知らないとばかりに立ち尽くしている。
「シャーネ……だよな?」
「?!」
今にも飛び掛かってきそうな殺気で睨まれる。どうやらものすごく警戒されているらしい。見ず知らずの男に名前を言い当てられるなんて、これはちょっと誤解されるだろう。
「えーと、その……あんたの、そうだ。いつもクレアから名前だけは聞いてたからさ。今日、アイツとは一緒じゃないのか?」
「……。」
はいと彼女は肯定を示す様に静かに頷いた。 漸く事情を理解したのか、厳しい視線を退けて俺への警戒も解く。だけど、返事の一つも返る様子がなく俺は首を傾げる。これじゃあ話が全く進みやしないではないのかと。
「あの、頼むから何か返事してくれ。」
その言葉を受けて困惑したように目を伏せると、彼女は自分の喉を軽く叩いて首を横に振る。
「え?」
俺は大事なことを一つだけ忘れていたのだが、しばらく思い出せなかった。頭掻いて必死に思い出そうと試みる
――えーと……この子喋れないんだっけ。
クレアが話していた彼女の特徴を思い出す。「無口と言うか……ある事情があって喋れないんだが、中身は結構情熱的でな。そこがまた可愛い。しかもだ、そこいらの奴等より腕が立つくらいに強いという御墨付きだ。」なんて当の本人は悠々と抜かしていた。完全な惚気に俺は延々突き合わされたのだ。
「なんていうかさ……悪いな。初めて会うのに無理言って悪かった。――俺はフィーロ。クレアの幼馴染み。アイツからそこらへん聞いてなかった?」
今度は打って変わって肯定する様にうなづく。いやに礼儀正しい子だ。奔放なアイツとは全く正反対とも言える。
「大変だなぁ、アンタも。幼馴染みの俺からしても訳わかんない奴だから、他人のアンタにはよけー分かんねぇかもしれないな。……知り合いにはすごく良い奴だよ。それに加えてものすげー我が侭だけど、アイツを敵に回すのだけは勘弁したいくらいさ。」
「……。」
「……?」
【突然すみません。貴方が知っている昔の彼について教えて下さい。】
整った字で綴られた文章は実に簡潔で見事だった。 おいおい、実は良いとこのご令嬢なんじゃないか?ヒューイよりは素直そうで、話も何とか通じそうだ。
――とはいえ、なんつーか……クレアの奴、大層な子を引き込んだよな。
と内心呆れる。アイツの節操の無さは俺もガンドールの兄弟も匙を投げるくらい凄まじい。誰彼構わず気に入った女には声を掛ける。会って間もないのに結婚を申し込む。フラれてもめげることなく次のターゲットを見つける。なんてそんなのは日常茶飯事だ。
「俺が知ってること?構わねぇけど。あー……クレアとは確かに幼馴染だ。けど、サーカスに引き取られた後は噂でしか聞いてないから。それでも良かったら聞くかい?」
頭を掻いて記憶を掘り起こしつつ、提案してみた。シャーネは俺の言葉に丁寧にこくりと頷く。
「そうだな。どこからアンタは聞きたい?」
一枚の紙が差し出される。
【最初、彼と会った時の印象はどうでした?】
「初め会った時か。今からは想像できねぇけど、一言で言えば『無愛想』だった。むすっとしててさ。……まあ、親父さんと母親が居ない孤児だったから、アイツ。誰の目から見てもひねくれてて荒んでた。けど、俺らと何だかんだあっても意気投合したんだ。俺も最初親なんか居なかったし、荒んでたから。」
【似た様な境遇だったんですね。】
「そうかな?そこまでは似たもの同士だけどさ……軟派な面に関してはまるで同じとは」
「……。」
少し間を空けて、シャーネは思いだしたように紙に次の文字を綴る。
【サーカスに引き取られた後……彼は殺し屋になったのですか?】
「いいや、サーカス辞めさせられちまった後だよ。確かそうガンドールから聞いたな。」
【何故彼は……殺し屋に?】
「それは俺もわかんないんだよな。アンタ何か知ってる?」
「……?」
「クレアは自信満々に『この世界は俺の為にあるんだ!』とか子供の時からいつも言ってたけど、俺らもまさか殺し屋になるとは思わなかったんだよ。身体能力が獣並みなのは知ってたから、サーカスに引き取られた時は、正直そっちの方がすっげぇアイツらしいなって思ってさ。俺らみたいな組織なんかやるより断然。」
「ま、見た所……今はアンタを護るのに忙しいみたいだな。そのせいかクレアの奴、会う時間を作る為にも殺しの仕事を引き受けるのは程々にしてるらしい。」
「……っ!?」
「おい、どうした?そこまであからさまに狼狽して……大丈夫か?いや、アイツ相手に俺も気持ちは分からないでもないけどさ。」
【有難うございます。私なら大丈夫です。】
「そっか、なら良いんだ。俺が口出す問題でもないか。」
「おっと、そうだ。」
「?」
「アンタだったらさ……理由聞かせてもらえるかも。」
「……!……っ。」
驚いた様な怒った様な雰囲気が伝わって来る。
――やばい。聞いちゃ悪い事だったかな。
ずいと目の前を白い紙が覆う。
「…え、【彼が何者であろうと関係ありません。私には共に居る事しか出来ないから。】……って」
「………。」
「そっか、アンタ分かってるんだな。すげぇなあ。」
思わず感嘆する。彼女はアイツの世界とやらに入れる事それが何よりの証拠だ。
「?」
「だったら――」
アイツに今の言ってやったらすごい喜ぶよ。うるさいくらいに。と言い渡したら、彼女は俺にお辞儀をして、照れるように走っていってしまった。
――心底信頼されてんだな。
幼馴染のアイツが羨ましくもあった。
「何だよクレアの奴……良い子掴まやがって。」
帰り道ぶつくさと石を蹴る。ふとあったかいあの子の笑顔が浮かぶ。――エニスも……俺がカモッラだろうがなんであっても気にしないでいてくれるよな。
と、俺は柄にもなく一緒に居るあの子に思いを告げてしまえればと考えたのは、幼馴染とその婚約者に感化されてしまったせいにしておきたい。
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ついに捏造もここまできました。1934年以降にフィーロがシャーネに会ったらというこばなし。