「大丈夫。俺たちならうまくやっていけるさ。」
あくまでも確信めいた言葉で答える。目の前に座る彼女は呆れているのだろうか?固く結ばれた口元は先ほどから動かず、うんともすんとも答えない。
――いや、実際には、”答えられない”と言った方が正しいか。
何故、声を失ったか知るよしもないのだが、彼女の感情は考えていたより読みとりやすかった。その瞳は強く抗えない意思を宿していて、感情を持て余しているどこか自分と似た雰囲気があった。
もし相違点があるとするならば、彼女には唯一絶対的な父がおり、俺には誰一人肉親がいないといったところだろう。初めて顔を見合わせた時も俺の言葉にすんなりと応答していた姿を思い出せば、なんてことはない。彼女は誰より父親を愛す娘で、嘘を付くのが苦手な女に過ぎなかった。
しかし、今や俺の世界の半分はその彼女――シャーネ・ラフォレットで構成されていた。
俺の世界を護ることは彼女の世界を護るということ。
彼女が傷付くことは俺の世界も傷つくということ。
偶然にも彼女は生きている証を俺の耳に記した。”記した”といっても、かすり傷程度のほんの些細な傷。それでも、この俺に怪我を負わせたのは彼女だけだった。
俺は側にいて欲しいと結婚まで申し込んだ。ふられるのも構わず、ただ好きだと告げた。
――まあ、実は傷があろうがなかろうが、口説く口実に過ぎなかったのかもしれないな。
「シャーネの親父さんも、」
「ジャグジーの奴等も、」
「シャーネも、俺なら絶対護ってやれる。だから安心してくれ。」
我ながら随分芝居臭い台詞を吐いているとは既に自覚している。でも、本当だから仕方ない。ゆっくりと彼女が力強く首を振る。
(私は守られるほど弱くない。)
「もちろんシャーネが強いのは承知の上さ。けど、一応俺も婚約者だし、漢の意地その他もろもろもある。それとも俺じゃあ不安とか?」
再びふるふるとシャーネが首を振って否定した。
(必要ない無理はしないでいい、だから。)
空耳かと彼女の顔をみれば、明らかに心配を含んだ視線を返される。
「何言ってんだシャーネ。俺は微塵も無理してないって。そこらいらに居るガキじゃあないんだ。この俺でなら護りきれると解るだろ。」
「……。」
「俺は絶対に死なない。だから、信じてくれ。シャーネも俺が決して死なない男だと信じろ。」
俺はシャーネの細い肩を掴み、初めて誓った言葉を繰り返した。
ややあって、呆れた感情を顔に押し出した後、シャーネは納得したのかこくりと頷く。その様子を確認した俺は、彼女の柔らかな黒髪を片手で軽く梳いた。
「そうか、ありがとな。本当はシャーネが俺を心配してくれたのはちょっと嬉しかった。……あ、ちょっとどころじゃない。かなり嬉しい。」
「……。」
「シャーネ……?」
彼女にしては珍しい行動に気を取られたせいかもしれない。
気付いた時には俺の頭はシャーネに抱えられ、視界は遮られてしまった。彼女のドレスの色もあって、目の前は暗くなる。そうして、ほんの僅かの間だけ優しく抱き締められた。艶やかな肌の感触が顔に触れる。あまりに突然で、いつもと違う立ち位置に俺は微動だに出来なくなった。
――おかしくないか?
男の俺が抱え込まれて、動けないとは。
シャーネの力が強い訳でもない、むしろ自分が混乱しているのだ。嬉しさと手前勝手な意地やらが交じり合い、内心焦り始める。
――その背中を抱き締め返せ。
――甘く優しい言葉も掛けてやれ。
不甲斐ない自分を今更自覚したところで、肝心の身体がびくともしない。
――こんなに臆病だったけかな、俺。
いつの間にか俺が試行錯誤している内に抱き寄せられていた力は緩んでいた。向き直った俺は自分の指でシャーネの輪郭を確かめる。肌を滑る感覚が心地よくて、そのまま頬を撫で続けた。
じっと彼女はそれに抗いもせず、瞬きすらも見逃さない鋭い視線のまま動かなかった。
(いつか……もしも貴方が危機に晒されるのなら、私はこの背中を護りたい。)
至極きらめく瞳が強い意志を伝えてくる。強く強く飲み込まれそうな金色と漆黒の色彩で。
そして、そう言い切ったところで手を俺の両脇に廻して、彼女の両手は背中のコートを掴んだ。ゆっくりとした動きだったが、強引ではなかった。今度こそとばかりにその身体を攫う。彼女の方が驚いたのか埋まってしまった首を懸命に抵抗させる。くぐもった呼吸が胸を圧迫して、すこしくすぐったかった。
「……!……!」
「なんというか……凄く予想外だ。やばいぞ、これは。嬉しすぎて死ぬかも、俺。」
「……っ!」
正直な胸の内を洗いざらい話したら、シャーネに『何を馬鹿な事を言っているのか』と怒られた。
かなりの確率で冗談じゃないんだが、とりあえず否定はしない。
「やっぱりシャーネは優しいな。その上、強くて綺麗だ。俺に適う唯一の女性はシャーネしかいない。本当、嘘じゃないって。」
「……、……!!」
俺の言葉にシャーネの頬が一瞬で紅く染め上げられる。
――ああ、なんて。
こんなにも愛しいのか。
俺にも解らない。
他の誰であっても解らない。
彼女が彼女であるからこそ、何が何でも護り抜きたいと誓った。
――護ってやろう、彼女も彼女の世界もなにもかも。
何せこの世界は俺の為にあるのだから。
1931年の特急編とか踏まえた上で、付き合うのは初めてだとかの発言があって、
割とそういうことに関して色々手探りなんじゃないかと思ったので。